東京新聞 特報 (06/06/05)

がん告白 山本孝史参院議員に聞く

後悔したくない

 「私自身、がん患者として質問に立っています」。民主党の山本孝史参院議員(56)が5月22日の参院本会議で、がんを告白し、がん対策基本法案の今国会での成立を訴えた。がんによる死者は年間32万人を超え、死亡原因の1位。だが、がん医療をめぐっては、患者が自分に合った治療を求めてさまよう「がん難民」という言葉が生まれるなど、多くの問題点が指摘される。山本議員に聞いた。 (竹内洋一)

 政治家にとって、自身の病状を公表することはタブーに近い。余命について憶測を呼び、政治生命を失うことになりかねない。がんとなれば、なおさらだ。それをあえて、しかも国会審議の場で明らかにした。

 「今のがん医療は必ずしも満足のいく状況にはなっていない。あの質問は国会議員のみなさんに、日本のがん対策、医療の向上を真剣に考えてほしいという思いからだった。短い体験で見聞きした、がん医療の問題点を伝えるには、自分自身が当事者として感じたことだと言った方がより聞いてもらえると思った」

 がん対策基本法案は、民主党が四月に、自民、公明両党が五月に、それぞれ議員立法で衆院に提出した。山本氏が参院本会議場で、両案の一本化と今国会での成立を呼びかけると、与野党を問わず拍手がわいた。

 「質問することが決まってから、二カ月間悩んだ。病名を明かさずに質問することもできたが、後になってあの時に言っておけば、もっとがん対策が進んでいたのにと後悔したくはない。私はがん患者を代表するような立場ではない。ささやかな経験だけど、ぜひ国会議員のみなさんに受け止めていただき、政策に結びつけるようにお願いしたい」

 がんが発見されたのは、昨年十二月末だった。地元・大阪の主治医から急に呼び出され、CTスキャン検査を受けた。画像を自分で見て、告知されるまでもなく病名を悟った。

 「その瞬間は意外と冷静だったんですよ。もともと体が強い方じゃないし、身内にもがんになった人がいるので、いつか自分もがんにかかるだろうなと思っている部分があった。来るものが来たのかなという感じで受け止めました。問題はそこからでした」

 ■本読みあさり複数の病院へ

  治療を受けながら国会活動を続けることを決断し、東京での病院探しが始まった。病院ランキングやがん闘病記、食事療法、自然療法など三十冊以上の本を読みあさって、二、三カ所の病院に相談した。結果は、手術、放射線治療は難しいということだった。現在は月一回の抗がん剤治療を受けている。

 「抗がん剤をどれだけ投与するかは、医師によって意見が分かれる。少しの量で副作用が出る人もいれば、そうでない人もいて、その患者に合う量を決めるのは難しい。現在の治療が自分にとってよかったのか、今も迷います。ただ、ぼく自身は副作用は軽い方だと思います。どうしても倦怠(けんたい)感のある数日を除けば、普通に仕事ができる」

 がん患者が求めるのは自分に適した治療だ。だが、自分の住む地域に望んだ治療をしてくれる医療機関がない、あるいは正確な情報を入手・判断できないことも多い。このため、最適な治療を探し歩く「がん難民」が生まれる。

 「私自身は東京と大阪という医療機関に恵まれた地域にいるし、五カ月の『若葉マーク』ですから、がん難民だと実感するわけではない。ただ、例えば癌研有明病院(東京・有明)には、全国から飛行機で患者が抗がん剤治療を受けに来ている。地方で十分な治療が受けられないからだ。そういう意味で、がん治療の水準に地域間格差はある」

 厚生労働省は二〇〇四年に「第3次対がん10か年総合戦略」を開始し、全国どこでも質の高いがん医療を受けられることを目標に掲げた。がん医療水準の均てん化(格差是正)の具体策として、全国を三百六十四に分けた二次医療圏ごとに一カ所程度、地域がん診療拠点病院を整備すると明記している。ただ、山本氏には、この戦略は現実的な道筋を示していないと映る。

  「均てん化を進めるにあたり、厚労省に全国のがん治療の実態はどうなっているのかと聞いたことがある。例えば、どの病院がどれだけの種類の抗がん剤を持っているのかと聞くと、それは分かりませんという答えになる。全国の治療の実態すら公的に分かっていない。ついこの四月まで都道府県レベルでも七府県には診療拠点病院がなかったのに、一気に二次医療圏まで整備できるわけがない」

  ■治療情報を提供 センター設立へ

  がん対策を行政や医療界任せにせず、患者自身が、患者の立場に立った医療を求めて団結する動きも出てきた。昨年五月に「第一回がん患者大集会」が開かれ、厚労省にがん情報センターの設立を要望。厚労省はこれを受け、がん治療に必要な情報を集約・提供する「がん対策情報センター(仮称)」を今秋、設立することになった。

  「患者自身が集まって厚労省に直接訴えたから、そういう施策が少しずつ出てきた。ようやく去年からですよ。三次にわたるがん対策十カ年戦略で二十年以上やってきたけど、結局そんなに進んだか。患者の本当の思いには、まだ必ずしも一致していない」

  厚労省主導の対策だけでは限界があり、政府や地方公共団体、医療機関、患者が一体となって、がん医療を充実させなければならないという点では、与党も民主党も一致している。がん対策基本法案には、民主党案、与党案とも、こうした理念を盛り込んでいる。

  ■厚労省 全国の実態把握せず

  「厚労省の対がん十カ年戦略でも、やるべき項目は整理されているが、そのゴールに到達するためにどうすべきかという具体的な計画が抜けている。患者や医師の声も反映される形で、がん対策推進基本計画を国全体で決め、国会に報告させるという仕組みを、法律で作ることが必要だ」

  与党案、民主党案は、二日の厚生労働委員会で審議が始まった。だが、今国会は十八日までで、会期は延長されない見通しだ。残り時間は限られており、法案が今国会で成立するかどうかは予断を許さない。

  ■基本法の成立 1日でも早く

  「がん患者の治療データを蓄積する『がん登録』など、基本計画の中身をより詳しく定めているのは民主党案だが、そこは政治なので妥協も必要だ。成立は一日でも早い方がいい。両案の一本化に向け、与野党の提出者が協議する場をつくるべきだ。ぼく自身の任期は来年七月で終わる。人間は限りがある中で生きている。やるべきことはやれる時にやっておくべきだ」

  五歳の時に兄を交通事故で亡くし、学生時代から交通遺児の支援活動に携わった。国会議員になっても、薬害エイズや臓器移植など「命」の問題にこだわってきた。超党派の議員立法で、今国会で成立する見通しになった自殺対策基本法案の策定にも、中心的な役割を果たした。

  「交通事故にしても、がんにしても、自殺にしても、救える命がある。予算がないという理由で、命が見捨てられていいはずがない。交通事故死は、対策を講じることで減らしてきた。がんも、自殺も対策を進めて減らした国がある。そうならば、ここは政治の出番だと思う。政治の大きな役割の一つは命をしっかり守ることだ」

 やまもと・たかし 大阪市出身。交通遺児育英会事務局長を経て、1993年に日本新党から衆院議員に初当選。2000年の総選挙で落選。01年の参院選で当選。民主党「次の内閣」厚生労働相、参院幹事長などを歴任。当選衆院2回、参院1回。参院大阪選挙区。

<デスクメモ>
  三人に一人ががんで亡くなっている。食生活が欧米化し、大腸、前立腺、乳がんが増えているという。欧米型のがんに有効な放射線治療を加える必要があるのに、全国八十の大学医学部のうち放射線治療講座は十二しかなく専門医が足りないと聞いた。十年後には二人に一人ががんで亡くなるという予測もある。(学)

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