「がんサポート」 山本孝史+埴岡建一 特別対談3 (07年2月号)

山本と埴岡建一氏(医療ジャーナリスト)

患者の視点が欠けた行政が行う医療政策の不可解

進行がん患者は待てない。未承認薬の承認は、なぜそんなに遅いのか。

国の医療行政を見ているとおかしなことばかり。
がん患者になった山本孝史さんの目から見れば、とくに患者の視点が欠けている。未承認薬の早期承認の問題しかり。それに、なぜ莫大な建設、装置費がかかる重粒子線治療施設ばかりに予算が投下されるのか。そこには土建業者優遇の影もちらついている。

薬害と薬の承認問題を同列に扱うのはおかしい

埴岡 進行がんの患者さんにとって一番怖いのは、使える抗がん剤への耐性が次々にできてしまって、もう使える薬がなくなるという状況に陥ることだと思います。病院や医師によって、もう打つ手がないと考えるポイントが異なる。それが、がん難民を生む大きな要因にもなっている。その意味で、抗がん剤の早期承認を進めたり、未承認の抗がん剤を使える仕組みを作ったりすることが、急務になっているのですね。

山本 この前の通常国会で民主党の郡さん(郡和子参議院議員)が健康保険法の審議の際に、京大の福島雅典さんの「欧米で標準治療となっている抗がん剤であれば、改めてわが国で治験をしなくても承認すべき」という主張を紹介したうえで、川崎厚生労働大臣(当時)に未承認薬の問題を質したんですよ。
  それに対する答弁は「アメリカで許可されているから日本でも使えというのはずいぶん乱暴な話だ。薬害に遭われた方々の団体の皆さんからは、承認は慎重にやるよう要望されている。治験というものはやはりきちんとやったうえでやっていかなくちゃいけない」というものでした。
  僕に言わせれば、薬害を発生させてはいけないということと、外国で効果が認められている薬の承認問題を同列に扱うこと自体、おかしなことですよ。

1年は、進行がん患者には耐えられない長さ

埴岡 病院や医師が新しい抗がん剤を使いこなせる体制を整備しないまま、新しい抗がん剤を導入すると副作用や有害事象が起こってしまいます。使う側の落ち度まで薬のせいにしては、新しい薬の可能性の芽を摘んでしまうことになりかねない。便う側の質の向上をしないと、本当の解決にはなりませんね。

山本 そうです。イレッサは医者が使い方を間違えただけで、イレッサを早期承認したことが問題だったわけではないと思います。あれは経口薬だからとても簡便でいい薬なんです。でも、切れ昧が良すぎるものだから、不慣れな医者がやると大きな副作用(間質性肺炎)を出す。少量から始めて慎重にやればああはならなかったと思いますよ。

埴岡 薬の安全性確保と同時に、薬を安全に使える施設だけに使ってもらえるような仕組みを考えることも大切だと思います。

山本 それと厚労省も「未承認薬使用問題検討委員会」のような仕組みは作っているけれど、申請から承認までの時間が長い。オキサリプラチンの場合、佐藤さん(佐藤均)や三浦さん(三浦捷一)なんかが早期承認を求める運動を展開したから社会的注目度も高くて、スピード承認されたように思われているけど、それでも申請期間と検討期間を
合計すると1年かかっている。患者のほうは承認申請が出たと聞いて使える日を指折り数えて待っているのに。

埴岡 サリドマイドの早期承認にも患者団体などの関心が高いですが、これはどうなるのでしょうか。

山本 サリドマイドについてはオーファンドラッグで早期承認でいくというところまではよかったんだけど、厚労省に「じゃあ、いつ認可されるの?」と訊いたら「1年先だというんですよ」。思わず「エーッ」て声が出ちゃいました。そりゃないだろうって思いますもん(笑)。

埴岡 薬を待っているがん患者さんにとっては、自分か使うことができるかできないか、切実な問題ですよね。

山本 製薬会社のほうは「今、申請しました」と患者に張り切ってアピールする。
  その一方で厚労省は特定のメーカーの企業秘密を出すわけにはいかないということで何の発表もしない。そうした状況の中で患者は明日、明後日にも承認してくれとクビを長くして待つことになるわけですからね。そんな新薬がずらっと並んでいるわけですよ。検討会議は年4回開かれるので、この7月までに9回行われたんだけど、抗がん剤など30の新薬を検討対象として取り上げてきたのに、まだその時点ではオキサリプラチンとテモゾロミドだけですよ。承認されたのは。

薬事法外で新薬を使える仕組み

埴岡 承認までの期間を具体的にどれくらいにすべきだとお考えですか?

山本 最長でも3ヵ月以内にしたいですね。

埴岡 どうすればそのような短縮ができるでしょうか。

山本 誤解を恐れずに言えば、僕は治験開始前から審査機関が製薬会社と密に協議しながらやっていくことで、申請後に製薬会社に追加資料の提出を求めなくてもいいような方向に持っていくべきじやないかと思っています。
  審査期間が長くなる大きな原因の1つはこれなんで、もっと製薬会社とタイアップする姿勢が必要なんじやないでしょうか。問題は、こういう姿勢がはたして国民に受け入れられるかどうかなんですよ。

埴岡 薬害を引き起こした記憶がまだ強く残っていますからね。

山本 そうなんですよ。これは、今後の検討課題です。

埴岡 それと薬事法の「治験なしには新薬を承認できない」という原則がネックになるのでは?

山本 それには薬事法を離れたところで新薬が使える仕組みを考えてもいいんじゃないでしょうか。厚労省と規制改革・民間開放推進会議の論戦の中で、臨床研究という形で患者さんが新薬の投与を受けられるようにしたらどうかという意見が出たんですが、反対意見が多くて消えてしまったんだけど、これはもっと深く検討してみる必要があると思いますよ。
  現状では製薬会社の依頼を受けて医療機関が行う治験が大半で、それ以外には医師主導の治験があるわけだけど、僕は国が積極的に関与して未承認薬を患者が早期に使用できる仕組みがあってもいいと思うんですね。
  例えばかん診療連携拠点病院のうち、治療体制が一定の基準を満たしていると認められているところでの「臨床研究」の研究費ということで公費を投入できるようになれば、患者さんに負担をかけずに未承認薬を使うことができるんじやないでしょうか。
  国会でも、厚労省の水田保険局長が、特定療養費制度の改変に伴い「治療研究的なものであれば、大学での学術的な研究というものに公費が充てられることもありましょう」と発言しているので、これが未承認薬の早期承認に繋がる可能性はあると思っています。

なぜ重粒子線治療施設ばかりに予算がつくのか

埴岡 がん治療の研究推進に問する予算について言えば、未承認抗がん剤の早期承認体制を作ることに使われる予算なんかに比べ、重粒子線や陽子線を治療施設の建設や運営に使われる予算が突出して多いように思います。それについてはどうお考えですか?

山本 重粒子線治療が、肺がん、前立腺がんなどいくつかのがん、それも局所に止まっている段階のがんの治療では、外科手術に代わる治療法としてそれなりにメリットがあることは認めます。
  しかし、施設建設や運営に莫大な費用がかかる割には治療を受けられる患者さんがあまりに少ない点や、建設されている場所が地域的に偏っている点など、それに何と言っても保険の適用外で300万円前後の治療費が患者負担になるので、受けられる患者さんと受けられない患者さんが出てくるのが大きな問題です。
  このように問題点が多々あるので、陽子線治療施設に比べて運営にも莫大な費用がかかる重粒子線治療施設に偏った予算配分をするのはやめるべきです。平成18年度の国のがん対策予算は全部で320億円くらいなんですが、そのうちの約3分の2の220億円が「がん研究の推進」に関連した分野に支出されているんです。
  内訳は厚労省分か83億円で文科省分か138億円なんです。この文科省分の138億円のうち、放射線医学総合研究所の1年間の運営費が55億円もあるんです。
  放医研で治療を受けた患者さんは昨年わずか437人です。これは到底納得できるものではないですね。
  建設が予定されているものについても、巨額の税金が投入されることについて、国民に数字を示し議論を深めて、「非常に高価なものだけど、ご理解いただきたい」という姿勢を見せるべきだと思います。

重粒子線施設装置&建設費が125億円

埴岡 文科省は個別施設の建設に国の予算を投入することを、いつまで続けるのでしょうか。

山本 実はそのことについて文科省に再三説明を求めていたら、ようやく来てくれて、放医研建設費の大半を国の費用で賄って重粒子線治療施設を建設するのは群大が最後になると言っていました。あとは株式会社にするなり何なりして、民間の資金を導入して作ることになるようです。

埴岡 コストダウンしたといっても、重粒子線施設は、建物と照射装置を合わせれば100億を超す建設費がかかるわけでしょう?

山本 照射装置が91億、建設費が34億で合わせて125億と言ってました。そのうち国の支出が3分の2だそうです。コストダウンしたと言ってもそれだけかかるんですよ。建設後に支出される国の交付金は6億円だそうです。それだけでは運営費を賄いきれないんだけど、赤字を出さないためには患者さんを年間1000人受け入れなきやダメみたいです。当初は660人と間いていたんですが。

埴岡 毎年それだけの患者さんを確保できるのでしょうか。

山本 その点は大きな問題です。患者さんの自己負担額は炭素線(重粒子線)の場合314万円ですから、受けたくて受けられない患者さんがたくさん出ることは想像に難くないですね。文科省の説明だと、1つの重粒子線施設で年間800人の患者さんを治療するのに今は運用コストが16億円かかっているけど、小型の普及型を使えば20年間で償却することを前提とした場合、210万円程度にすることができるようです。

始めに「患者ありき」ではなく、「箱ありき」

埴岡 炭素線、陽子線治療施設は、稼動中のもの、建設中のもの、計画が承認されこれから建設が始まるものを合計すると20くらいあるわけですが、地域的な偏りも大きな問題ですよね。

山本 福井県に2つできるのは原発を建設の見返りとして交付される財源や税金を当て込んでの話なんですよ。

埴岡 医療施設というよりは公共事業みたいですね。

山本 「始めに患者ありき」ではなく「箱ものありき」といいたくなります。建設計画の記事が公共工事関連の業界紙で大きく取り上げられている点も気になります。自民党には「重粒子線医療推進議員連盟」なるものまであるそうですから。

埴岡 放射線治療にはたくさん問題がありますが、もっと優先問題がありますね。地域がん診療連携拠点病院でも放射線治療装置(リニアック)がない病院がある。装置が老朽化しているところもある。最新の装置があるのに、ソフトウエアを使いこなせる技師がいない、最適治療計画の計算をする時間がないなどの理由で、装置の能力をフルに引き出せていないところもたくさんあります。放射線治療の専門医などの必要なスタッフを、まず全国に一応の配置をすることが大切なのに、重粒子線装置や陽子線装置の稼動のために人材が引き技かれていきます。現場では、「重粒子線装置などより、ナースや放射線技師を増やしたほうがたくさんの命を救えるのに」、との悲鳴や非難も出ています。

山本 新聞なんかでも報じられているけど、そうですよ。専門スタッフの養成、確保を抜きにして箱ものの建設を先行させるのはあってはならないことだと思います。

埴岡 重粒子線、陽子線照射による治療で恩恵を受けられるのは、まだ転移していない前立腺がん、非小細胞肺がん、頭頚部がん、脳腫瘍などの患者さんで、かなり限定されています。また、ピンポイント照射や小線源療法など比較的コストの安い治療法の改善も進んでおり、大型装置が優位な治療領域はかなり狭い。たくさん施設を建設して、適応になる患者さんが果たして集まるんでしょうか?

山本 患者の奪い合いや、必要ない患者にまで放射線を無理に受けさせることだけは避けないとダメです。

埴岡 その一方で、在宅ケア、緩和ケアの充実にはスズメの涙といっていいくらいの予算しか配分されていないのはどう考えてもおかしいですね。

山本 それでも、2億円だったものが9億円に増えたんですけどね(笑)。厚労省はどうせ長くない患者にカネを使うのは無駄という発想なんだけど、前も言ったと思うけど、長くないからこそ患者のQOL(生活の質)を維持しながら行き届いたケアが必要なんですけどね。

埴岡 では、次回は緩和ケアのことから始めるとして、今回はここまでとさせていただきます。
     
(構成/吉田健城)