日刊スポーツ (07/07/16)

がん公表民主山本は休まず

 

 進行がんと闘病中の民主党現職、山本孝史氏(58=写真)は都内の病院への通院などのため、大阪選挙区から比例代表に鞍替えして真夏の選挙戦に挑む。

 七タの7日に58歳の誕生日を迎えた山本氏。前日の6日に都内で初めてフォーラム「生きるということ」を開き、患者や医療関係者ら約300人を前にあいさつした。

 「医師からは”常に優先順位をつけろ”と言われてきた。国会で活動がしたいと言い、任期満了まできた。1つのことができたら次のことができる。引き算ではなくて足し算ができる人生、みんながそういう人生を送れる社会にしたい。やっぱり当事者が国会議員にいないといけない。でないと、分からへん」こみあげてくるものを抑えることができなかった。

 週1回の抗がん剤治療に痛み止めの薬を1日2回服用。5月下旬には主治医に危機的状況と言われた。「1年半前、この選挙まで生きているのは”かなり厳しいのかな”って思っていました」

 がんが発見されたのは2005年12月末。「胸腺がん」だった。医者からは「余命半年」と宣告された。それから約5ヵ月後の06年5月22日。参院本会議で、自身ががんであることを公表。求心カを失うことなどから病気の告自はタブーとされる政界では異例の出来事。がん対策基本法成立を訴えたい一心だった。

 交通遺児育英会事務局長を経て、93年総選挙に日本新党から出馬し初当選。2期務め、01年に参院に鞍替えした。「交通事故や自殺、薬書…。もう少し政治や社会が動けば、失われずにすむ命があります。病気を抱え、一番候補者らしくない私が出馬するのは、そんな世の中を変えたいと思っているからです」

 6年前は大阪選挙区から立候補。今回は選挙戦中も都内で治療を続けなければならないことなどから比例代表に転出した。街頭演説はその日の体調を判断しながら、午後6時から2時間、新宿駅周辺で行う。組織内候補でもない山本氏にとっては厳しい戦いだ。しかし、決してあきらめることはない。「〃先生は希望の星です"と言ってくださる患者さんがおられると、やれるところまでやろうと思います」と自らを奮い立たせた。

トップページへ戻る 目次へ戻る