化学療法の制吐剤として、デカドロンは標準治療

 地方のがん診療連携拠点病院で抗がん剤治療を受け、副作用の嘔吐に悩まされている患者が、セカンドオピニオンで得たデキサメタゾン(デカドロン)の処方を願い出ました。ところが担当医からは「使いたくない。まだ、早い。習慣になる」と言われ、「どの先生も、今は使うほどの状態ではないと言われる」とのこと。

 この話を聞かせてくださった患者会の方は、「地方の医師は、デカドロンは末期の患者が使う薬だと思い違いをしているのです」と断じておられました。

 国立がんセンター中央病院の勝俣範之医師と東京大学病院緩和ケア診療部の岩瀬哲医師(キャンサー・ネット・ジャパン科学ディレクター)からご意見をいただきました。お二人とも、「デキサメタゾンは、化学療法の制吐剤として世界の標準治療になっている」と言われます。

 抗がん剤副作用対策の「ガイドライン」が明確に示され、広く普及していないことが、問題の根底にあります。早急な対応を「がん対策情報センター」に求めます。

 なお、第2回がん対策の推進に関する意見交換会で、NPO法人日本乳がんネットワークから、NCCN(National Comprehensive Cancer Network)の「悪心・嘔吐対策ガイドライン」を日本語に訳して提供していることが報告されています。デキセメタゾンが主力です。

http://www.jccnb.net/01_nccn.html

■ デカドロンは世界の標準治療

 国立がんセンター中央病院の勝俣範之医師は、「デカドロン(デキサメタゾン)の、化学療法の制吐剤としての効果は、RCT(ランダム化比較試験)で証明されているので世界の標準治療になっています。海外の各種ガイドライン(ASCO、NCCN、NCI PDQ)でも引用されているのに、日本にはガイドラインがなく、実はやっと2005年に保険適応になりました。ASCOガイドラインが最初に出たのが、1999年ですから、6年遅れたことになります。例によって、『日本で治験がされていない』からということで保険適応にならなかったのです。日本だと保険適応でないと処方できないという点や、保険適応でないとエビデンスがないと勘違いしている医者もたくさんいたりして、非常に困った状況にあります」とのこと。

 あわせて、デカドロンが保険適用となった経緯も教えてくださいました。

 「デカドロンという薬はあまりに安い薬で、ジェネリックも出ている状況で、企業もいまさら治験をやろうなどとは誰も思いもしませんでしたので、何とかこれを私は保険適応にする方法はないかと考えておりました。実は、デキサメタゾンの化学療法の制吐剤としての使用に関する効能追加は、 2004年に開催された「抗がん剤併用療法検討会」で認められました。この検討会は、『日本での治験の結果はないが、海外でのエビデンスを適応して、保険適応に認めることにしよう』との趣旨で、厚生労働省主導で設けられました。この検討会で多くの抗がん剤(乳癌のAC60/600やFEC子宮体癌のAPなど)が保険適応になり、これに便乗してデキサメタゾンも承認してもらったという経緯があります」。

■ 東大病院の制吐療法ガイドライン

 東京大学病院緩和ケア診療部の岩瀬哲医師は、06年4月、米国腫瘍学会のガイドラインをベースにわが国の医療事情を考えて、東京大学病院の「制吐療法ガイドライン」を改訂されました。

 岩瀬医師も、デカドロンは化学療法の制吐対策として標準治療となっており、「使わない方がむしろ問題だと思う」と言われます。

 以下、「東大病院制吐療法ガイドライン」から、関連部分を引用します。

 「現在、制吐治療の中心はグラニセトロン、オンダンセトロン、ドラセトロンなどの5-HT3受容体拮抗剤です。これらの薬剤の投与によって、急性嘔吐はシスプラチンで70%、シクロフォスファミなどで85%が完全に制御できるようになってきています。(中略)

 本ガイドラインでは、高・中等度の催吐リスクのある抗癌剤の悪心・嘔吐対策として5-HT3受容体拮抗剤と副腎皮質ホルモン(デキサメタゾン)の併用を勧めています。なぜなら、高・中等度の催吐リスクのある抗癌剤を投与する場合、多くの臨床試験で5-HT3受容拮抗剤とデキサメタゾンの併用がそれぞれの単独療法より高い完全防止率が得られることが報告されているからです。(中略)

 現在、制吐療法の中心は5-HT3受容体拮抗剤ですが、副腎皮質ホルモンもまた極めて重要な薬剤であり、制吐療法における副腎皮質ホルモンの役割については詳しく説明したいと思います。副腎皮質ホルモンの悪心・嘔吐に対する作用機序はまだよくわかっていませんが、多くの臨床試験から副腎皮質ホルモンの制吐効果は明らかです。

 デキサメタゾンは5-HT3受容体拮抗剤と併用するととくに有効で、二重盲検比較試験においてグラニセトロンまたはオンダンセトロンとの併用による急性および遅延性の悪心・嘔吐に対する効果の増強が認められており、米国の制吐療法ガイドラインでは5-HT3受容体拮抗剤に本剤を併用することが推奨されています。副腎皮質ホルモン剤については副作用が懸念されるため、使用を躊躇することも少なくありませんが、適正な容量・用法で使用している限り重篤な副作用はみられず、非常に安全な薬剤であるということが証明されています」。

■ がん対策情報センターの情報提供不足

 日本を代表する東京の二つの病院の医師が、「化学療法における制嘔剤としてデカドロンの処方は、世界的な標準治療」と言われるにも係わらず、冒頭に述べたような現状があります。この格差をどのように埋めるのかが課題です。

 国立がんセンター「がん対策情報センター」のホームページでデキサメタゾンは、「一般向け情報>がんを治す・治療する>がんの治療方法>がんの薬物療法」と進んだところで、「11.抗がん剤による薬物有害反応について」の「5)吐き気や嘔吐」の項目に記載されています。

 「抗がん剤による吐き気は、投与1〜2時間後からおきる早期のものと、1〜2日後から出てくる遅発性のものがあります。ともに個人差が大きく、精神的な影響も関係するせいか、女性に多くみられます。多くの抗がん剤で共通する薬物有害反応ですが、その機序は研究段階です。早期の吐き気は24時間以内におさまることが多いですが、シスプラチンなどの薬剤は24時間を超えても持続します。患者さんにとっては、つらい薬物有害反応のため、抗がん剤の治療においては、吐き気がおきる前に制吐剤を抗がん剤と一緒に投与します。メトクロプラミド(筆者注:プリンペラン)、ステロイドホルモン(筆者注:デキセメタゾン)、塩酸グラニセトロン、塩酸オンダンセトロンなどが使用され、昔に比べると吐き気はかなり薬でコントロールできるようになりました。遅発性の吐き気は出現した場合、早期の吐き気に比べて、薬でのコントロールが難しいとされています」。

 このように、ステロイドホルモンについて言及はされていますが、それ以上の記述はありません。「緩和ケア(症状を和らげる)」の記述にも、抗がん剤副作用対策は書かれていません。「がん対策情報センター」の「医療関係者向け情報」のサイトにも、関連した記述はまったくありません。

 そもそも、抗がん剤副作用対策の「ガイドライン」が明確に示されていないことが、問題だと指摘せざるを得ません。

■ 医師の研修体制の具体化が急務

 では、「がん対策情報センター」が適切に情報を提供すれば、がん医療の地域間格差が埋まるのかと考えれば、そうでもなさそうです。

 がん医療に従事する医師の資質向上に向けて、医師の研修が重要です。厚労省は、研修会を開いたりしていますが、効果は疑問視されています。先進的ながんセンター等での研修を受講してもらえるようにするか、逆に、がんセンター等の医師が地方の拠点病院等に出向いて指導することが良いのではないかと思います。具体化に向けての取り組みが求められます。