考動人・山本です
2003年3月の考・動・人


 北朝鮮拉致被害者、地村保志さんの父、地村保さん(75才)を招いての講演会が開催され、主催者の田中ゆたか・大阪市会議員、田中俊彦・元大阪府議とともにパネリストを務めました。
 
  地村さんは、長年、何もしてくれなかった警察と政府・外務省を批判し、「やっとマスコミに載るようになったのは世論のおかげ。今後も、署名活動に国民の協力をいただき、今、全く北朝鮮に働きかけをしようとしない外務省に圧力をかけてほしい。北朝鮮にいる孫に早く会いたい」と訴えました。 

 山本は、アメリカのイラク攻撃が始まり、拉致問題が棚上げ状態になっていることに懸念を示し、「アメリカに頼るだけではなく、日本も独自に国連や中国、ロシアを通じて、各国に拉致問題の解決を訴えていかねばならない」と民主党の方針を説明しました。

 田中ゆたか市議は、大阪市議会でも積極的に拉致問題に取り組んでいることを説明し、参加者に、家族や友人と拉致問題を話して一人でも多くの人たちに署名運動、ブルーリボン運動に協力してほしいと訴えました。

2003年3月21日 「地村保さんを迎えて」 〜拉致問題を考える〜 でパネリスト (北区民ホール)


左から山本、地村保さん、田中ゆたか大阪市会議員、田中俊彦元大阪府会議員

 息子さんが突然、行方不明となって、拉致ではとわかるまで、連日連夜、警察や民家を尋ねたり、京都の京極界隈でも消息を尋ねたりされたお話は、子どもを想う親の気持ちが溢れ、胸を打ちました。
  また、奥さんが、保志さんが行方不明となってまもなく脳梗塞で倒れ、帰国半年前にこの世を去ったことについては、「北朝鮮で苦労した息子と富貴ちゃんに自分の世話をさせてまた苦労をかけるのはしのびないので、先に逝った。」とのお話に会場は涙しました。

 

2003年3月14日 「公務職場でのパート労働者問題を考える集会」 (エルおおさか)

 公務職場で臨時職員が増えている問題を巡っての集会が3月14日、連合大阪大会議室で開催されました。集会では、郵便局の「ゆうメイト」、学校の臨時講師、保育所や介護職員、職安の相談員など、多くの職場で非常勤や臨時雇いの職員が勤務している実態が、それぞれの職場の代表から報告され、改善が求められました。

 コメンテーターとして出席した山本は(写真右端)、民主党が検討中のパート労働法について説明し、公務労働も視野に入れながら、不安定な労働条件の改善を求めていく決意を述べました。
 
  そもそも公務員は法律によって、長期間に及ぶ臨時的任用は予定されていないのに、パート労働者が増えるという現状をどのように変えているのか。現場からの報告を受けて、さらに取り組みを強める必要を痛感しました。

コメンテーターを務める山本

 

2003年3月16日「肝炎シンポジウム」 (エルおおさか)

 第2の国民病といわれる「C型肝炎」患者の救済を求めるシンポジュウムエル大阪で開催されました。血液製剤フィブリノゲンによる薬害肝炎については訴訟も起こされている。

 シンポジウムは、「肝炎の実態と患者救済の現状」と題し、飯野四郎氏(清川病院院長)、西村慎太郎氏(日本肝臓病患者団体協議会常任幹事)、花井十伍氏(大阪HIV訴訟原告代表)、甲斐みなみ氏(薬害肝炎被害救済弁護団)が意見を述べた。司会は山西美明氏(薬害肝炎被害救済弁護団大阪事務局長)。

  司会者から発言を求められた山本は、「坂口厚労相は、輸血をすれば肝炎は避けられないという時代があったと弁明されたが、フィブリノゲン投与病院名の公表、有効な治療法の開発、相談体制の整備など、今すぐにでもできる課題の解決に向けて、政府挙げての取り組みを求めていきます」と決意を述べた。


「肝炎の実態と患者救済の現状」と題して講演する飯野四郎氏(医療法人靜山会 清川病院院長)
会場で発言する山本


2003年3月10日 
ホームレス歌人ツネコさん写真展 
(山本ゆき記)

 中央区谷町の居酒屋「秋月」で、ホームレス歌人ツネコさんの写真展が開かれ、車イスでツネコさんも会場に姿を見せた。
  76歳。梅田阪急ガード下にて自作の短歌を売って、8年前にマスコミで脚光を浴びた。昨年5月に大腸がんの手術をし、「生きたい」との思いで病いを克服。梅田の路上で詩を売る生活に戻った。11月には大腿部を骨折して入院。12月にツネコさんの半生を綴った「生きる」が発行された。今は、生活保護を受け、福祉アパートに住み、ホームレスから脱っしている。が、梅田のガード下で仲間やいろんな人と会う生活の方が楽しいと言う。
 

 「20代の頃、彼女が働くことを内縁の夫が許してくれていたら」 あるいは、「二度目の結婚で夫との間に子供ができていたら」、彼女が、結婚生活をギャンブルで壊すようなことはなかったであろうに。しかし、ツネコさんの人生に「もし」はなかった。
 

  彼女はすこぶる明るい。短歌や絵画を売って少しお金が入るとホームレス仲間に大判振る舞い。仲間の喜ぶ顔を見ることがツネコさんの生きる源。そして、彼女の屈託のない笑顔が不安を抱えている多くの人に癒しを与えてくれる。(写真展は3月10日から4月11日まで。06-6944-3889)


「呑舟(どんしゅう)の魚」 の意味は?と問う私に「舟を飲み込むような立派な魚」と教えてくれたツネコさん。黄色の帽子はトレードマーク。

 

呑舟の魚
 支流は泳がず
     なんて嘘
ホームレスの中に
 元社長が居る

TSUNEKO

 

服はPARIS
 BAGはCHANEL
 靴はITALY
 時計はスイス
中身はJAPAN
頭は空ッぽ

      TSUNEKO

ツネコ歌集 「ちがう明日にあいたくて!」より

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2003年3月4日 大学生と懇談(国会事務所)

3月4日、福岡県立大学人間社会学部社会学科の3年生4名が、岡本雅享講師とともに来室。授業の一環として、国会議員の仕事振りを見聞したり、政治の動きを感じたりすることが目的とのこと。
 
  「議員になった動機は?」「衆議院議員と参議院議員の両方をされて、その違いをどのように感じていますか」「政治への不信や無関心が広まっていますが、政党の意義が問われているのでは?」などと鋭い指摘を連発。

 政治に関心を抱き、しっかりと日本の将来を考えている若者たちを頼もしく感じました。

 


参加者に語りかける鎌田医師

2003年3月1日

鎌田實講演会 NPO国際ビフレンダーズ大阪自殺予防センター主催 クレオ大阪にて

 自殺防止活動を展開するNPO国際ビフレンダーズ大阪の創立25周年を記念した講演会が開催され、鎌田實・諏訪中央病院理事長が2時間半、熱演。
 
  鎌田医師は、ガンの終末期緩和ケアに取り組んでおられ、著書「がんばらない」は映画にもなった。「人の命を支えているのは、高度医療技術もさることながら、人ではないか」と。

  昨夏に亡くなった今井澄参議院議員と一緒に活動されていて、新刊「あきらめない」には、今井議員も登場する。熱心に地域医療の重要性を説かれていた今井議員を思い出し、その偉大さに改めて敬服した。

 

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