考動人・山本です
2003年7月の考・動・人


2003年7月30日 シンポジウム「 2004年年金制度改革への対応」 於:全電通会館ホール

 連合主催のシンポジュウム「2004年年金制度改革への対応」が全電通会館ホールで開催されました。

  駒村康平・東洋大助教授をコーディネーターに、吉武民樹・厚労省年金局長、木村陽子・地方財政審委員、小島茂・連合生活福祉局長と並んで、私もパネリストとして出席しました。

  国民年金の空洞化に見られるように、年金制度は崖っぷちに立っています。これまでのように、給付を抑制し、保険料を上げるということでは、年金不信を解消することはできません。

  私は民主党で検討している案と断りながらも、国民年金の定額保険料を所得比例の保険料に変えることを柱に、所得比例年金への一本化(基礎年金はこれまでどおりに給付)を提案しました。
 
  もちろん、所得税の公平性担保が前提となりますが、やり遂げなければならない改革案だと訴えました。


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パネリストの山本

 

 

2003年7月26日  民主党大阪府総支部連合会第5回定期大会 
 民主党大阪総支部連合会第5回定期大会が、党本部から、枝野幸男政調会長を迎えて開催されました。
 枝野政調会長は、11月に濃厚となった衆議院の解散総選挙では、マニフェストを掲げて戦い、政権交代の実現をめざすと力説。
  マニフェストとは、抽象的な選挙公約ではなく、具体的になすべきことを財源や期限などの数値を盛り込んで、有権者に約束すること。これこそ、小泉首相と抵抗勢力で政策の一致をみることができない自民党には無理なことと述べました。
 民主党は、大阪の19選挙区のうち、すでに16選挙区で候補者を擁立。自由党との協力で19選挙区すべてに候補者を立て、全員当選をめざすことを誓い合いました。



2003年7月25日 天神祭り


天満宮御神霊を奉った御羽車講
 私は、大阪・船場で育ちましたが、このかた一度もまともに天神祭りを見たことがありません。今年こそはと、期待していましたが、「イラク支援法案」をめぐり、26日未明まで国会が紛糾し、今年も、天神祭りは見送りとなりました。秋田県出身のつれあいが、興味津々、カメラをもって河岸のいい場所に陣取り、船渡御の写真を撮ってきました。

 天神祭りは、浪速の繁栄のシンボルとして、1000年以上も続いています。企業が、それぞれの船を仕立てて、大勢の人たちが乗り込んで大川に繰り出します。今年は、阪神タイガース優勝祈願船も2艘、巡行に参加したそうです。各船の上から、マイクを持った司会者が、河岸や橋の上の見物客に向かって、大阪三本締めへの同調を促し、川の上から、岸から「打-ちましょ。も一つセー。祝って三度」の掛け声と手拍子が鳴り響き、3000発の奉納花火が彩りをそえました。
 

企業の巡行船

 

2003年7月15日 八王子医療刑務所と都立松沢病院を視察


 参院厚労委メンバーで、八王子医療刑務所と都立松沢病院を視察。
 八王子医療刑務所では、病気や精神障害のある受刑者が治療を受けています。厚労委の国会議員が視察に来たのは初めてとのこと。厚労省の指定も受けた病院ですが、治療費等は健康保険ではなく、国費でまかなわれています。治療機器や検査機器も旧式のままで、近代的な病院を見慣れている者には、発展途上国の病院に来たような錯覚を覚えます。所長らは「医療スタッフを充実して欲しい」と懇願されましたが、刑務所を所管する法務省の対応は鈍いようです。

 松沢病院は、日本の精神医療の出発点ともなった病院。院内の病棟を視察。1000名を超す入院患者のなかには、殺人を犯した人も40〜50人いるそうですが、特別扱いされず、他の患者と一緒に同じ病棟で処遇されています。車イスを利用する高齢の患者が増えたのに、病室や廊下が狭いなど施設の老朽化が目立ちます。病棟の新築を計画している病院側にとって、心身喪失者医療観察法案は、建設費獲得のためにも、成立させたかった法案だったという印象を受けました。

 

2003年7月12日
 
桂文枝師匠「わが落語人生を語る」を拝聴 「練」にて

 大阪のいいところを再発見し、大阪からの夢の発信を目指す文化サークル「熟塾」(原田彰子代表)で、桂文枝師匠の「わが人生を語る」を拝聴。会場は、戦災を逃れた古い町屋街の一角、明石から移築された有栖川別邸を改築した「練」(中央区谷町6丁目)の二階。

 上方落語の四天王と称される桂文枝師匠は、桂三枝、文珍、きん枝など個性豊かな多くの弟子たちを育てられましたが、彼らの誕生秘話に会場は大爆笑。

  師匠は、必ず、弟子入り希望の若者に親に会わせるよう要求。三枝は、落語家希望を親に言えず、師匠と母親を喫茶店で会わせ、師匠を「住宅販売会社の社長」と紹介したそうです。

  また、女性が古典落語を演じるのはむずかしいと女性落語家育成に消極的だった師匠は、桂あやめが入門したいと言って来たとき、「車の免許がなければだめ」と婉曲的に入門お断り。
 しかし、2週間後、車の免許を取得して再びあやめが師匠の前に。彼女の根性に動かされ、弟子入りを許可した話には、「二言はない」師匠と女性落語家を育てるという新しい挑戦をされた師匠に会場は大喝采。
 
  交通局でサラリーマンをしておられた師匠が、落語が好きで、会社をさぼって落語を聴きに行く日々が続き、ある日、きっぱりと会社を辞職。それ以後は落語一筋。一度も落語をやめたいと思ったことはないとおっしゃる師匠は、弟子たちを優しく見守りながら、ご自身は、「やる気、根気、とる気」の三つの気を大事にしているといいます。70代半ばになられたそうですが、まだまだ若い。私も、師匠からたくさんのエネルギーをいただきました。

写真上:楽しく講演中の文枝師匠
写真下:講演後師匠を囲んで

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