考動人・山本です
2003年10月の考動人

 

                        
2003年10月26日 八尾国際交流「第13回野遊祭」
 多民族共生フェスティバル・第13回八尾国際交流野遊祭が八尾市南本町の第1公園で開催され、民族料理の屋台やバザーの店が並び、大勢の家族連れでにぎわいました。野外ステージでは、民俗芸能が披露され、ベトナムの獅子舞ムーランや、韓国の太鼓(写真)などが披露されました。

 八尾市には、約50カ国からの市民が生活し、今回の野遊祭は「出会い・交流・共生」がテーマ。

  八尾市の教育委員会、人権啓発推進協議会、国際交流センター、各人権協議会、部落開放同盟の各支部、民団など多くの団体が後援しています。(山本ゆき 参加)

 

2003年10月25日 交通事故調書の早期開示を求める被害者連絡会関西集会 (クレオ大阪中央)
写真上:連絡会代表・鬼澤雅弘氏 写真右:皆で会員が作った「教えてください」を合唱
 交通事故調書の早期開示を求める被害者連絡会関西集会が天王寺区のクレオ大阪中央で開かれ約100名が参加。連絡会は、交通事故で肉親を亡くした遺族や被害者たちが中心となって9月に結成されました。

 連絡会は 「実況見分調書など捜査資料が加害者の刑事処分が決まるまで開示されず、ずさんな捜査も闇に葬られてる。真実を知った上で、被害者と加害者が同じ土俵に立てる環境を整えてほしい」と訴えてきました。

 被害者家族の鬼澤雅弘氏、被害者遺族の池田貢氏、薮田茂氏がそれぞれ、スライドを使って事例を報告し、フリージャーナリストの柳原三佳さんが「交通事故の二次被害の実態」について話し、弁護士の松本誠氏が「非開示によって、現在の起訴率がたった11%となっている現状を報告しました。

 連絡会は、署名活動を行っており、法務省に改善を求めていく考えです。(山本ゆき 参加)

 


街頭募金に立つ学生たち(難波高島屋前にて)

2003年10月25日 あしなが学生募金が一斉にスタート

 病気や災害などで親を亡くした遺児の進学を支援する「あしなが学生募金」が25日から全国一斉にスタートしました。25日、26日、11月1日、2日に街頭で集められた寄付金は、奨学金や学生寮の建設費にあてられます。
 
 難波高島屋前では、子供づれの家族が、足を止めて募金に協力してくれたり、「少しでごめんね」とか「ごくろうさん」と言って、硬貨を募金箱に入れてくれる高齢者の方々、また、中には、一万円札を募金箱に入れてくれる男性もいました。

 山本は、高槻駅前の街頭募金で学生たちを激励し、私は、難波高島屋前で1時間ほど、学生たちと道行く人たちに協力を呼びかけました。午前中は、西川きよしさんも応援に駆けつけてくれました。

 今春は、全国で1127人(うち大阪府内は57人) が、会の奨学金を貸与され高校進学の夢を果たしました。 (山本 ゆき 記)

 

2003年10月6日 なんばパークスがオープン

 「アート、ビジネス、商業など、緑の丘に多様な「パーク」が集う融合体」がうたい文句の難波パークスがオープン。その内覧会に参加。

 南海電鉄が事業主のこのパークスは、大阪球状の敷地を中心とする難波再開発の一環で「未来都市なにわ新都」をイメージして造られました。

  街に緑の少ない大阪ならではの屋上公園には、235種、約4万株の花や木が植えられ、なんばの「杜」として、人々に憩いをやすらぎを提供する。(山本ゆき 参加)

 

2003年10月4日 第5回大阪司法書士連盟「政治フォーラム」パネリスト

 「オンライン申請の導入等に伴う不動産登記法の改正に関する問題点」についてのシンポジウムが、大阪市中央区の司法書士会館で開催され、民主党を代表してパネリストを務めました。

 政府の電子政府構想に基づく改正案では、登記所に出向かなくても、インターネットで登記申請ができるようになるため、登記済証(権利証)は廃止されます。 他人になりすまして、登記する事件もあることから、本人を確認する手立てとして、これまでその役割を果たしてきた権利証がなくなることに不安視する声が多くあがりました。

 現場で登記実務に当たっている司法書士の意見をしっかりと聞いて、拙速な法改正はすべきでないと述べました。


写真中央が山本

 

2003年10月4日 上方研究の会 堺まち歩き

 秋晴れの一日、上方研究の会の「堺まち歩き」に参加。堺市役所の21階の展望台ロビーから堺市を眺望した後、刃物製作所で庖丁作り体験〜環濠跡〜宝珠院(土佐十一烈士の墓)〜本願寺堺別院〜覚応寺〜豪商屋敷〜鉄砲屋敷のコースを歩きました。

 庖丁作りで最高の技術を誇っているのは、味岡刃物製作所の味岡知行さん。最初の工程の刃金や地鉄づくりは、近所の岡田さんが担当。その後の加工を味岡さんと若い二人の職人が行っています。技術力を買われ、今や、シャープの液晶テレビのフィルムをカットする刃物注文も受け、半年先まで仕事の注文があるといいます。

 「資源の乏しい日本は、技術を絶やしたらおしまいだ」と味岡さん。若者に仕事を教え、技術を伝授することが、日本再生への道と信じています。堺の日本一の刃物作りの伝統は、職人さんの心意気で保たれています。 (山本ゆき 参加)


鋼を900度に加熱したあと、ベルトハンマーで伸ばす岡田さん


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