考動人・山本です
2005年10月の考動人

 

                        
2005年10月29日 第71回あしなが学生募金 大阪難波・高島屋前

右から3人目が西川きよしさん、右隣が山本

 災害や病気、自殺などで親を失った子どもたちの進学を支援する「あしなが募金」が全国一斉に行なわれています。

  10月29日、大阪・難波に今回も、西川きよしさんが応援に駆けつけてくださいました。毎年春秋に行なわれて今回で71回目。その第1回目(35年前のことです)に参加したことが、山本が政治に飛び込むきっかけとなっています。

  あいにくの小雨でしたが、一緒に呼びかけをしました。
 あしなが育英会 http://www.ashinaga.org/


2005年10月26日 銀行法改正案の審議と結果を本会議場で報告
 委員会で可決された法案は、本会議での採決に付されます。その際、委員会における審議の経緯と結果を委員長が報告します。山本も、前日の財政金融委員会で可決となった銀行法改正案について、本会議場で報告。

  壇上へ向かう途中、同僚議員から大きな拍手をいただきました。

2005年10月24日 社会保障制度の将来像について研修会で講演
 大阪連合北河内地域協議会の研修会で、「社会保障制度の今後」について講演。
 小泉政権が強調する自己責任論、生活保護と年金額との多寡、外国人労働者の受け入れなど、さまざまな意見が出され、有意義な研修となりました。

2005年10月22日 「武器より花を」日比谷野外音楽堂)に参加 「NAGASAKI・1945〜アンゼラスの鐘〜」(エルおおさか)を鑑賞

 日比谷野外音楽堂で、同僚の参議院議員、喜納昌吉らによるライブコンサート「武器より花を」がありました。すごい熱気で、参加者は飛び跳ねていましたが、私も足をちょっと動かして、参加。

  「戦争に勝ち負けはない。地球や人類が傷つくだけだ」と喜納さん。全く同感。

 一方、大阪では、アニメ映画「NAGASAKI・1945〜アンゼラスの鐘〜」(写真)が大阪中央区のエルおおさかで上映され、つれあいが見に行きました。主人公は長崎原爆で被爆しながら被爆者の治療に多大な尽力をした秋月辰一郎医師。会場で秋月さんの訃報を聞いたそうです。

  「薬や医療器具が極端に不足する中で、時には無力感に襲われながらも医療活動に全身全霊を注ぎ込んだ医師の姿に感銘した」と。


2005年10月20日 財政金融委員会 大臣所信と日銀報告に対する質疑
 18日の大臣所信と日銀報告に対する質疑を行ないました。6時間、ずっと委員長席に座っての議事進行役は、ちょっと苦しいものがありますが、「こうして政治家になっていくのかなぁ」。ちなみに、福井日銀総裁は、母校、大阪市立船場中学校の先輩です。

2005年10月19日 核兵器廃絶と被爆者援護の充実を求める要請文を受けとりました

左端が山本
 広島と長崎の被爆者団体から、核兵器廃絶と被爆者援護の充実を求める要請文を受けとりました。

  被爆60年、被爆者も高齢化しています。在外被爆者への援護策充実を願って、山本が中心となって作成した援護法改正案を提出しています。

  非核の願いを後世代に伝えることも重要な課題です。

2005年10月18日 財政金融委員会・山本委員長デビュー
 10月18日、参院財政金融委員会が開催され、委員長の職務を遂行しました。以前、細川内閣の時、厚生委員長が所用で離席したほんの数分、委員長席に座ったことがあります。それ以来、12年目にして、今回は「ほんものの委員長」です。

 財政金融委員会は、与野党25名が委員です。その経歴を見ると、「専門家ばっかりや!」

 最大閥は、証券・銀行・日銀出身者グループの5人と、官僚族の5人。これに公認会計士、弁護士、経済誌編集長も加わって「経済派」で過半数。あとは、県議・市長が4人、労組が3人。私のような市民運動団体出身者というのは、異色中の異色。でも、きらりと光る異色で委員会を仕切ります。


2005年10月 映画 『亀も空を飛ぶ』を鑑賞 
 パキスタンでの大地震は、私たちは「活火山」ならぬ「活地球」で暮らしていることを思い起こさせました。そして、「辺境の地」に暮らす人々には、普段からも政府の援助は届かず、隣り合う国同士の衝突の犠牲者となっていることも再認識させました。

 カシミールの人々と同様に、イラクの国境地帯で暮らすクルド人も苦しい生活を余儀なくされています。2千万から3千万ともいわれる中東第四の民族でありながら、クルド人は独立した国家を形成していません。フセイン政権の迫害を受け、アメリカによる「解放」後も、戦争の悲劇が続いています。そんな姿を描いた映画『亀も空を飛ぶ』を見て、平和のありがたさを実感しました。


2005年10月15日 大大阪(だいおおさか)時代の復活 「モダン音楽祭」 精華小劇場(大阪市中央区)
 「大大阪(だいおおさか)」の輝きを今にーー。 大阪市が市域を拡大し、人口も面積も日本一の都市「大大阪」となった大正14年から今年はちょうど80年。当時のモダンな文化を今に伝えようと、大阪市中央区の商店主や音楽の愛好家たちが「モダン音楽祭」を開催しました。

 「大阪は、文化不毛の地といわれがちですが、モダンな文化があったことを多くの人に知ってもらいたい」と実行委員の古川武志さん。

 会場には、当時をしのばせる写真を展示。舞台では、「OSK日本歌劇団」のレビューや当時の音楽を再現する「大阪楽団」のライブが行われました。

  (写真:左:実行委員の古川武志さんから説明を受ける 右:大阪楽団の「道頓堀行進曲」演奏)

2005年10月15日 UIゼンセン同盟ファッション労連で年金講師
 UIゼンセン同盟ファッション労連の依頼で、「安心できる年金制度への道筋」と題して講演。

  年金制度が社会保障制度のなかで大きな柱となっていることや、社会経済的にも重要性がますます高まっていることから説き起こして、昨年の年金改革の内容や、望ましい年金制度について話しました。

  経営者も参加されていましたが、厚生年金基金(企業年金制度)や定年延長への対応などへの関心が高いことを実感しました。

2005年10月14日 参議院財政金融委員会理事懇談会を開催
 参議院財政金融委員長としての初仕事は、理事懇談会を開催し、今後の審議日程を決めることでした。10月14日に開催し、無事終了。ホッと一息。

2005年10月8日 障害者の自立と完全参加を目指す大阪連絡会議(障大連)と意見交換 (大阪事務所にて)

左から川嶋さん、古田さん、山本
  10月8日、障害者の自立と完全参加を目指す大阪連絡会議(障大連)の古田朋哉事務局長と、自立生活センター・ナビの川嶋雅恵代表が、大阪事務所を訪問され、国会で審議中の障害者自立支援法について、意見交換をしました。

  前日の7日には、新大阪のホテルで地方公聴会が開催され、障害当事者らが意見陳述を行い、国会議員との意見交換も短時間ながらなされました。古田さんらからは、地方公聴会で十分に意見を伝えられなかった疑問点について、厚労省への照会を依頼されました。

  国会審議は急ぎ足ですが、障害者の疑問に十分答えられるような審議を望んでいます。

2005年10月5日 「原爆被爆者援護法改正案」を野党三会派で提出 (参議院事務総長室)
左から谷博之、小池晃、事務総長、山本、福島みずほ、白眞勲
 被爆者援護法の改正法案を参議院に提出しました。日本国外の、いわゆる在外被爆者にも援護法の適用があることを明確にする内容で、先の通常国会に提出した法案と内容は同じです。衆議院の解散に伴って廃案となったため、再
提出しました。民主党、共産党、社民党との三党共同提案です。

 本件については、先ごろの福岡高裁での国側敗訴を受けて、国は上告を断念しましたが、依然として、被爆者手帳の取得には来日が要件とされています。高齢で病弱な被爆者に来日を求めるのは無理です。

 国側の柔軟な対応を求めます。


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