考動人・山本です
2005年4月の考・動・人

 

2005年4月30日 ◇「第70回あしなが学生募金」◇ 大阪難波・高島屋前

 第70回あしなが学生募金が、4月23日、24日、30日、5月1日の4日間、全国約500カ所で一斉に行なわれました。

  山本は、23日と30日に、大阪難波・高島屋前で行なわれた募金の応援に駆けつけました。20歳の時から35年間、参加しています。

 西川きよしさんも毎年、春と秋の募金に協力。この日も、学生たちと、交通事故や震災などの災害、病気、自殺などで親を亡くした子どもたちの進学の夢をかなえる募金への協力を呼びかけました。きよしさんの呼びかけに大勢の道行く人々が協力してくれました。




2005年4月29日 文楽と中国古筝春の競演 大阪市天王寺区・四天王寺五重塔前

右から伍芳さん、勘十郎さん、山本、笑福亭松喬師匠 (競演の後の打ち上げで)
 ライトアップされた四天王寺五重塔の前で、日本の古典芸能文楽と中国の21弦琴・古筝のコラボレーションを鑑賞。

 まず、9歳で古筝を始め、現在は、南こうせつ、古谷一行などのアーティストとのコラボレーションなど意欲的に演奏活動を展開している伍芳(ウーファン)が、震災でなくなった姉・伍鳴さんへの思いを込めた自作「姉への手紙」や中国の自然をテーマにした「雪山春暁」など5曲を披露。

 続いて、人形遣い桐竹勘十郎・吉田玉女による近松門左衛門作「曽根崎心中」の「天神森の段」を鑑賞。

 その後、 伍芳の自作「流星〜重逢」の演奏に合わせ、桐竹勘十郎氏が天女を思わせる文楽人形の舞を披露。夜空に響く古筝の音色と文楽人形の切ない舞いのコラボレーションに魅了されました。亡き人への想いが美に凝縮され、残された者へ心の安らぎをプレゼントしてくれるような競演でした。

 明日は、震災遺児のために建設された神戸・レインボーハウスに集う学生たちの「あしなが募金」の応援に行きます。いつか、レインボーハウスで伍芳さんの演奏会やきょう観たコラボレーションが実現したらいいなと思いました。

 

2005年4月22日 社会保障制度改革に関する両院合同会議
 第2回両院合同会議が開かれました。各党から前回の意見表明を受けての再度の意見表明があり、その後、自由討議となりました。

  「一元化」について与党は、厚生年金と共済年金の一元化を主張していますが、この問題は政府自らの閣議決定事項であり、両年金の財政単位の一元化も進行中です。いまさら野党の力を借りなければできない問題ではありません。国民年金の保険料を所得比例あるいは消費税で置き換えることに反対する材料として、被用者年金の一元化を主張しているようです。

  私は、民主党は年金担当者と税制担当者が一体で年金改革を議論してきた経緯を述べ、年金改革における税制議論の重要性を述べました。消費税へのインボイスの導入、逆進性緩和策の検討などです。自民党も公明党も、支持基盤が自営業者ですから、彼らの反対の論拠は、自営業者の所得捕捉が進むことを阻止することにあるようです。

 

2005年4月22日 「戦後60年」今国会でシベリヤ抑留問題の立法解決を! 4.22決起集会 全抑協主催

応援に駆けつけた山本

寺内良雄・「シベリア立法推進会議」共同代表

 声明文

 私たちシベリア・モンゴルに抑留された老兵たちの平均年齢は83歳を越え、約60万人ともいわれた抑留者で生存する者はすでに10万人を切ったのではないかと推測されます。日本人男性の平均寿命をとうに越えているのですから、あと5年もすれば、大半がこの世を去ることになります。この1年間だけでも多くの仲間が名誉回復をみることなく、無念のうちにこの世を去ってしまいました。こうして全国から元抑留者が上京して、皆様に訴えるために永田町に集うことも物理的に難しくなってきました。「戦後60年」の今年限りで、こうした運動にも終止符を打ちたいと心より願います。

 明治の末から大正の時代に等しく日本人として生まれながら、南方に送られ、連合国の捕虜となった方々とは天と地ほどの大きな差がついた待遇を受けました。極寒の地で奴隷労働を強制され、多くの仲間を失いました。遺骨もまだ大半が凍土に眠ったままで、回収率は3割に満たない哀れな惨状です。ようやく帰国した「祖国」は、まことに冷たく私たちを遇し、「シベリア帰り」と白い目で見られ、就職なども差別され、苦労の連続でした。現地で強いられた労働の未払い賃金すらも国は「関知しない。悪いのはソ連だろう。勝手に取れば」と知らん顔でした。私たちが苦労してロシア公文書館に発行させた労働証明書すらも、つい最近まで「公式文書」でないと決め付けるなどの妨害を繰り返してきました。今も国に正義の回復を求める老兵たちを、この国はよほど嫌っているようです。私たちが何か悪いことをしたのでしょうか?私たちは被害者なのに、国に要求することがけしからんと若い役人たちは考えているようです。北朝鮮拉致被害者・家族に対しても長い間同じ態度を取り続けてきました。しかし、来年も再来年もというふうにもう待ち続けるわけにはいかないのです。

 私たちは、それでもこの冷たい無礼な国と和解して、旅立ちたいのです。どうぞ私たちの話を聞いて、お力を貸してください。

 

2005年4月14日 年金制度をはじめとする社会保障制度改革に関する合同会議
左から5人目が山本、次が岡田代表、朝日俊弘、横路孝弘、古川元久の民主党議員

共同通信 4月14日 13:04
 与野党の隔たり鮮明に 年金めぐる合同会議

 
社会保障制度改革に関する衆参両院の合同会議(与謝野馨会長)が14日開かれ、年金制度をはじめとする社会保障制度の一体的な見直しに関する国会での協議が始まった。

 自民党の丹羽雄哉社会保障制度調査会長(元厚相)は、民主党の岡田克也代表が主張する基礎年金相当部分の税方式化について「極めて短絡的で生活保護的な色彩が強まる」と批判し社会保険方式の堅持を主張した。秋までに年金制度の方向付けを行うとする会議では、冒頭から与野党間の隔たりがあらためて明らかになった。

 与党は昨年の年金制度改正について、丹羽氏が「思い切った改革」、公明党の冬柴鉄三幹事長が「持続可能で給付水準を確保した優れた抜本改革だった」とともに評価し、民主党の訴える「抜本改革の必要性」を否定した。

 

2005年4月10日 熊野街道を講談師・旭堂小南陵氏と歩く (「熟塾」主催)

ここから始まる熊野街道(大阪市中央区天満橋京町3)

中央区石町の坐摩神社別宮にて

高津神社で小南陵師匠と
 2004年、「紀伊山地の霊場と参詣道」は「熊野古道」として世界遺産に登録されました。平安時代には貴族から庶民までが、熊野三山をめざし、「蟻の熊野詣」と称されていました。京都から船で淀川を下り、大阪八軒家に船が着きます。船を降り、熊野三山をめざした最初の地八軒家から窪津王子跡跡、阪口王子跡、朝日神明宮をたどり、郡戸王子跡の高津神社へと、旭堂小南陵氏と大阪市史研究会の古川武志氏の案内で歩きました。(大阪から情報を発信する文化グループ「熟塾」主催
 高津神社の社務所では、旭堂小南陵師匠の熊野詣にまつわる講談「小栗判官物語」を拝聴しました。折りしも桜の花は満開。楽しいお花見ウォークとなりました。

 

2005年4月3日 民主党街頭演説会 (大阪・ナビオ阪急前)


訴える山本 右は尾立参議院議員
 民主党大阪府連主催の街頭演説会が、大阪・ナビオ阪急前で開催され、中野寛成衆院副議長、平野博文民主党大阪府連代表、辻恵衆議院議員、山本が弁士となり、道行く人々に民主党の政策を訴えました。司会は尾立源幸参議院議員。

 年金制度は早急に建て直しを図らないと崩壊するのは目に見えています。前国会では、小泉首相の「人生いろいろ」発言や法案の強行採決が象徴するように、与党は真剣な議論を拒否し、国民に負担増を強いる最悪の結果となりました。この4月から保険料の引き上げが実施されています。

 社会保障においてはすでに、民主、自民、公明、共産、社民の5党が、社会保障制度の見直しを協議する機関として「衆参両院合同会議」の設置に合意、私も合同会議のメンバーに選任されています。

 これから介護保険も見直しに入ります。 社会保障全般の見直しに向け、全力で頑張ってまいります。

 支持者も応援に駆けつけてくれました。ありがとうございました。

応援に感謝!!

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