2006年6月6日 参議院厚生労働委員会
 

 山本孝史君 質問を変えます。

  大臣のイメージの中で末期とは何ですか、終末期とはどういうイメージですか。

国務大臣(川崎二郎君) 一般的に言えば、医学的に見て患者が回復の見込みがなく死期が近い状態ということになろうと思います。しかし一方で、若い人たちが医療を受けている段階で正に末期という表現を使うのかどうか、一方で八十、九十になられた方が、私が今申し上げたように医学的に見て患者が回復の見込みがなく死期が近いということになれば、それは終末期という話を使いやすいんだろうと。それにしても、それでもなかなか御議論のあることだろうと思います。余命の期間も含め終末期の状態について一律に定義することは、病気には様々な種類があり、また個々の患者によって病状も異なることから、正直言ってなかなか難しい課題の一つであると考えております。

  厚生労働省としては、終末期医療は人の生死に深くかかわる問題であり、国民の関心も高く、また今後在宅医療を推進していく上でも重要な課題だと考えておりますけれども、一方で、先ほど委員が尊厳死の問題を言われました。その問題一つ考えても各党で様々な意見がありますし、また党の中でも様々な意見があることは事実でございます。

  そこで、この一か月ぐらい前でしょうか、議論をいたしましたのは、病院等で、尊厳死の問題で、積極的な治療というものを行わないと死に至るという場合について、医療現場の対応、これは三つに分けましてそのときお話し申し上げました、積極的安楽死、間接的安楽死、治療行為の中止。治療行為の中止という場合だけにつきましては、そろそろ考え方を出していかなければならないだろうと。それは委員会でもいろいろ御議論ございましたけども、富山の例もありまして、厚生労働省としてそろそろ結論を得ていかなければならないだろうという段階を迎えております。

山本孝史君 今までの話は全部同じで、厚労省の中で結論を出さなきゃいけないとおっしゃるんだけれど、そこのところが国民の合意がないと実は厚労省が出した結論というのが本当にみんなが受け止められるのか。私は今、末期とは何か、終末期とは何かと申し上げましたよね。人間必ず死にますから、そういう意味では、常に死に向かって歩んでいるという意味では、私たちは限りがあるわけですね。年寄りだから終末期なんだ、若い人たちは違うんだという話じゃないんですよ、それはやっぱり。病態によってそういうふうになる。しかも予後の余命、予後どれぐらい生きるかという話は非常に判断が難しいんです。医者ですらこれはできない話なんです、実は。最終末期のそろそろかなというところは分かるのかもしれない。しかし、そこに至るまでの間、簡単に終末なんだと、年寄りなんだと、どうもここの議論聞いていて、衆議院からの議論もそうですけれども、高齢者の医療の診療報酬制度に絡めて、医療費が掛かると。私、尊厳死の話は申し上げてません。尊厳死を考える議員連盟の会にも私入れていただいております。尊厳死法制反対ですけれども、医療費が掛かるから尊厳死法制をしなければいけないんだという議論をされるから、それは全く違うと。そういう議論でこの議論を展開したらそれはおかしいでしょうと、こう申し上げているんです。

  したがって、終末期だとか末期だとかということの、私は日本医師会がまとめられた「「ふたたび終末期医療について」の報告」という報告は非常に目配りが利いたいい報告だと思っておりますけれども。そういう中で、富山の件もあるので、ガイドライン云々という思いの治療中止という話になったんだと思いますけれども、そのガイドラインの付き方についても、積極的に治療すれば、お年寄りは肺炎を起こしやすいからそこで治療をすればまた元気になられるにもかかわらず、あるいはちょっと食欲が落ちたから輸液をすれば元気になるにもかかわらず積極的治療はしないんだというような形になっていくということについて問題ですし、人工呼吸器の付け方についても問題ですから、是非オープンな場で厚生省が考えておられるいろんなことを御発言を続けていただきたい。でないと、この話はやっぱり決着しない。というか、そんな簡単に決着してはいけない話だと私は思いますので、もう一度そういうお願いをしておきたいというふうに思います。

  大臣、そろそろもう任期がなくなるから自分の問題じゃないというふうに思っておられるのかもしれないけれど、そうじゃなくって、今、今あなたは大臣なんだから、そのお気持ちを込めて私は答えていただきたいというふうに思います。

  レセプト電算化の話についてお伺いをしたいと思います。
  ちょっと説明が長くなるので恐縮ですが、八年前の平成十年四月二十四日の衆議院厚生委員会で、私、当時衆議院議員でございましたけれども、レセプト電算化について質問をいたしました。小泉厚生大臣も御出席で、その隣で高木俊明保険局長は、既に医療機関は相当コンピューターは導入されていて、平成九年五月の時点で、支払基金が調べたデータでは、医科の病院ではレセプト件数の九八%が電算処理されており、病院数でいえば九三%がそういうシステムを導入している。診療所ではレセプトの七六%、約六割の診療所で既にコンピューターを導入している。今まで何がレセプト電算化のネックだったかといいますと、それぞれの医療機関が入れているコンピューターで作成されるフロッピーのシステムと、それから受け手の支払基金なりあるいは国保連合会で用意するシステムとが、整合性を取れないといけないのだが、そうなっていない。どのような医療機関のソフトであっても転換できるようなシステムを十年度は導入していくということでありますから、希望する病院、診療所については全部対応できる。また、病院、診療所も、一々それを紙に落とさないでフロッピーで請求できるわけですから、私は相当の病院、診療所がこれに参画していただける、こう考えておりますというのがこの八年前の平成十年四月の私に対する保険局長の答弁でした。十年度には、レセプトの電算化はフロッピー渡しであっても全部できるんだと当時おっしゃったんです。

  ところが、平成十七年の十一月の社会保障審議会医療保険部会に提出された厚労省資料によりますと、この社会保険診療報酬支払基金分に関してのレセプト電算処理の普及状況は二一・五%、病院ですよ、病院だけで二一・五%、九百三十八病院にとどまっております。十三年四月は、病院レセプト全体の〇・三%、十六病院。十七年九月でも、病院レセプト全体の二一・五%、九百三十八病院にとどまっている。普及目標も、平成十八年度までに病院レセプトの七割以上とするというふうにしか言っていない。国保連合会のレセプト電算化の状況どうなっていますかと言ったら、把握はしていないと、こうおっしゃるわけです。
  なぜ平成十年四月の高木局長の答弁にもかかわらずレセプト電算化が遅れたんですか。私は、支払基金あるいは国保連合会での事務の合理化の遅れが結局国民にツケ回しされているんじゃないかと。すべての病院やあるいは診療所でのレセプト電算化を進めるべきではないかと私は思いますが、この八年前の答弁に対しての今の大臣の御見解を述べてください。

国務大臣(川崎二郎君) 特にIT関係でございますけれども、私が現実にやっていた業界は、電波の業界が担当しておりましたけども、要はアナログ放送からデジタル放送に変える、そのときもいろいろ議論ありましたけども、もうここまでで切りますよという宣言をしなかったことに最大問題があると思います。要は、紙でもいいです、電子でもいいです、この両用を認めながら来た、したがって余り進まなかった。一方で、コンピューターの導入も、それぞれのコンピューターを導入して互換性がなかったということが、二つの理由かなと思っております。

  そこで昨年、私が就任しました直後に医療制度改革の議論があり、その中において多くの方々から、レセプトの電子化一〇〇%進めるべきだと、こういう御議論をいただいて、二十三年当初までに原則としてすべてのものがオンラインによって請求をするように変える、そこで切りますという決断をさせていただきました。実は、その時点でまだ医師会や歯科医師会や薬剤師会の皆さん方の御了解を取り付けておりませんでした。しかし、政府の方針として出させていただいて、今鋭意話合いを続けながら、そして少し遅れるところが出るかもしれません、二十四年ぐらいに。そこは例外として二十三年で切らせていただくということで進めさせていただいております。そういう意味では、切らなかったということが最大問題だろうと今でも認識いたしております。

山本孝史君 レセプト一枚当たり幾らということで手数料として支払基金に払うわけですよね。それ保険財源から出ているわけですよね。結局、平成十年にできると言って、今の御答弁だと平成二十三年だから十三年掛かるわけ。十三年間結局我々はこの合理化の遅れた分を国民としては保険財源の中で負担させられてきた、ツケ回しされてきたんじゃないかと。要は、厚生省なりあるいは支払基金なりの怠慢を国民にツケ回ししたという実態は、これは否めないでしょう。どうですか。

国務大臣(川崎二郎君) 十年の御答弁で、要はいついつまでに電子化をすべてやり遂げますと、十年でできた話ではないと思います。しかし、一方で、十八年なら十八年までにすべての、それは薬剤師なり医師なり様々な機関があるわけですから、そこへの機械導入というのをしっかり見る必要は、それは当然行政側の責任としてはある。問答無用でもう機械以外は認めませんよという決断はなかなかしにくいと。これは当然のことだろうと思います。

山本孝史君 だから、紙の請求をいいと言ったときの紙は、自分たちで紙に打ち出しているんですよ。紙に打ち出したやつを、今度支払基金はそれをもう一遍読み取り機に掛けるんです。だから、そんなあほなことせぬでもええやないかという話をしたわけです。だから、十年にできると言ったのは、フロッピー渡しでもできるとおっしゃったのはそういうことなんですよ。だから、十年の、もう今更読み返すおつもりないかもしれないけれども、しかしながら事実はそうなんです。

  だから、もっと、今度高齢者医療制度ができて支払基金も国保連もそれぞれ仕事受けますよね。競争してできるだけ安い値段になるのかもしれない。しかし、明らかに事務の遅れが、紙でよかったという、紙を許してしまったことが、結局は我々にとってはそれだけの医療費が掛かった。
  あるいは、もっと問題は、レセプトをちゃんと電算化されたものを統計処理をすれば、どういう病気があって、あるいは個人の方が幾つの病院を重複で受けておられてというような診療内容のチェックが掛かりやすくなるから、医療費がもっと少なくなるはずだというのが議論だったんですよ。その点も実は遅れたんです、だからその意味で。二十三年までこの時点は待たなきゃいけなくなってしまう。

  その意味で大臣の認識は違います。これやっていたら、認識違うし、幾ら言ったって時間がもったいないので私はもうやめますけれども、しかしそこは、認識が違うということだけは、是非御自身として周りの方からお聞き及びをいただければというふうに思います。

  それから、特に質問通告しておりませんので、大臣のお気持ちでお考えをいただいてお答えいただければと思いますけれども、地域医療で一生懸命頑張っている診療所があるんですね。そこに三人の医師がいる、一人の薬剤師さんがいる、あるいは作業療法士もいる。地域の往診等もしておられる。ここが町村合併ということになって、新しい町長さんがこんなふうに言われたんですよ。その診療所には診療室が二つしかない、二つしか診療室がないのにお医者さんは三人要らないんじゃないかと、こういうふうに町長が言われたんですが、この発言について大臣、どのように受け止められますか。

国務大臣(川崎二郎君) もちろん働いている人、みんなある意味では労働者ですから、休みを取りながらやるわけですから、当然三人いようが五人いようが、代わりばんこにひとつは診療を受けるわけですから、二人のお医者さんだから二つのものしか要らないというのは、基本的には認識が間違っているだろうなと思います。