2006年12月4日 決算委員会
 

山本孝史君 民主党・新緑風会の山本孝史でございます。

  冒頭、先週金曜日に神戸地方裁判所で示されました、国は中国残留孤児に対して早期帰国促進義務や自立支援義務を怠ったとの判決に関して、総理のお考えをお伺いしたいと思います。

  総理と私が衆議院議員に初当選をしました平成五年のその選挙のちょうど九月、十二人の中国残留婦人の方が強行帰国されまして、成田の飛行場で一夜を明かされるということがございました。私はそれ以来、微力ですけれども、日本の敗戦によって中国に置き去りにされた、あるいは中国にとどまらざるを得なかった人々への支援の充実を訴えてまいりました。さきの総選挙の前には、超党派で議員が集まりまして、生活保護制度とは別に生活支援金制度を創設することで合意寸前まで行っておりましたけれども、残念ながら選挙ということになってしまいました。

  小泉前総理は、ハンセン病訴訟で控訴を断念され、解決策を講じられました。安倍総理にも、どうぞ今回の神戸地裁判決を真摯に受け止めていただいて、控訴せず、解決策を早急に講じてくださることをお願いをいたしたいと思います。総理のお考えをお伺いをいたします。

内閣総理大臣(安倍晋三君) 御指摘のございました判決につきましては、国側としても厳しい判決であったと、このように思います。今後、この判決の内容をよく検討をいたしまして適切に判断をしていかなければならないと、こう思っておりますが、いずれにいたしましても、この残留孤児の皆様は既に高齢の域に達しておられるわけでありますし、長年にわたって大変な困難の中にあったわけでございます。きめ細かなこれは対応、支援が必要であると認識をいたしております。

山本孝史君 失礼ですけれども、安倍首相は、おじい様の岸信介元首相を政治家として尊敬されておられるとお伺いをしております。岸元首相が中国残留孤児問題に少なからぬかかわりを持っておられるということは御存じでしょうか。あるいは、岸元首相から中国残留孤児のことについて何かお聞きになったことがございましょうか。

内閣総理大臣(安倍晋三君) 残留孤児の問題について話をしたという記憶はそれほど鮮明には残っておりません。

山本孝史君 御存じかと思いますけれども、岸元首相は満州国の今で言う通産大臣兼副首相をお務めでございました。戦後は岸内閣を組閣して、その中国敵視政策によって一九五八年五月には日中国交断絶となり、中国残留孤児らの帰国を遅らせることになりました。さらに翌年、一九五九年には、未帰還者に関する特別措置法を制定し、約一万三千人の邦人がいることを知っていながら戦時死亡宣告を行いました。ようやく日本に帰ってきて自分の墓に対面したという中国残留孤児らも少なくありません。岸元首相に続いて、お孫さんである安倍首相にも中国残留孤児はまた見捨てられるということになるのでしょうか。どうぞ、美しい国日本として、温かいお心を中国残留孤児の皆さんにお示しをしていただきたいと思います。

  対応していただけるというふうにおっしゃいました。もう一度、しっかりとした御対応をいただけるかどうか、御答弁をお願いをしたいと思います。

内閣総理大臣(安倍晋三君) 当時、中華人民共和国との関係について委員は御指摘をされたわけでありますが、その当時は日本は中華民国との関係で国交を持っていたと、こういうことではないかと、このように思います。それは日本だけではなくて、世界の多くの国々の趨勢でも当時はあったわけでありますが、そのことは指摘をさせていただきたいと、このように思います。

  その上で、先般の御指摘のあった判決については、判決の中身をよく更に検討をしてまいりたいと思うわけでありますが、この孤児の皆さんが相当の年月を経て御高齢にもなっておられます、そして戦争の結果大変な御苦労をされた、そういうことにかんがみまして、きめ細かな対応、支援を考えてまいりたいと思っております。

山本孝史君 どうも重ねての質問で失礼をいたしました。どうぞ、おじいさまの岸元首相が満州国あるいはその後の中国残留孤児にどのようにかかわってこられたかという足跡を是非お調べをいただきたいと思います。

 
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