「講演&復興槌音コンサート」感想(アンケート)  (3)

貴重なお話をありがとうございました。
音楽には、人の気持ちをいやし、涙を流すだけ流すことで区切りをつけ、前に進めるように思います。
私も、頭では分かっている現実を1年以上心が理解していない状態がありました。
小さなきっかけで、あるCDを聴き、泣くだけ泣きました。何回もCDを聴きました。
すると、やはり、それから区切りがつき、前に進めました。
“ふるさと”を涙が出なくなるまで、何度も涙を流し歌われて、震災にあわれた方が、少しでも元気になられるよう心よりお祈りしています。音楽は素晴らしいです。(41)

TV、新聞等だけでは、わからないので、今度、女房とともに被災地へ出かけてきます。(4月頃かな)(42)

フルート演奏を聴きに来たのですが、被災者の方の生の声を聞くことができてとても良かったです。
震災から日が経つにつれて、しだいに忘れさられてきています。こういった催しを通して、東北の方々の思いを知って、周りの人たちにも伝えていこうと思います。
DANさんの歌、思いがこもっていて気持ちが伝わってきました。(43)

震災からもうすぐ3年。私たちは、東日本震災があったことを忘れがちになっている時もあるけれど、現地の人々の痛みをあることを忘れずに、自分ができることを見つけて、実行に移すことが大切ではないだろうか。
このようなイベントに参加するとか、東北を旅行するとか、物産展で品物を買うとかetc.。
人の痛みを忘れないということが人として大切であると思う。
私は、ナースとして福島の病院で働いていました。3月からまた出かけます。(44)

在大阪なので何もお手伝いできず、申し訳ないです。いつも東北の皆さんのことを思っています。大阪のみんなが応援していることをお伝えください。(45)

初めて、被災された方から、直接お話を伺いました。
震災後の苦労された話も、おもしろおかしく話されていましたが、大変だったことと思います。何か少しでも役立てればと思います。2011・3・11を忘れずにいます。(46)

「4つの涙」感動なくして聞けませんでした。
同じ東北人として何か役にたちたいと思いながら日々過ごしています。
一度、宮城県の被災地を自分の目で見ました。人間の思い、創生を越えた大きな試練の中にありますが、石川県で大きな地震があった時の高校教師が、命さえあれば何とかなると話されたことを思います。
高校生、若い人はやはり前向きに生きている事、涙を流した分だけ希望が与えられるように祈ります。
お話を聞くことができ本当によかったと思います。
東北で演奏会の予定がありましたらよろしく!! (47)

今回参加させてもらい 自分がどんなに幸せであるか改めて考えました。
まだまだ大変ですが、少しでもみんなが元気になれる様に思っています。
仲間の大切さ、大事にしたいですね。頑張って生き抜いてください。(48)

どんどん、被災地の現状を伝え、政府をはじめ、関係機関が復興について、忘れたかのようにある状態、マスコミの現状を伝えない状態 etc. を批判し声を大きくあげてください! 現地の人は言わなさ過ぎると思う。怒れ! (49)

前川弾さんの「命の花」を聞かせていただき、感動しました。(50)

山ア真行氏のご講話「4つの涙」、非常に感銘を受けました。想像を絶する被害と釜石市民の悲劇を整然としかし最大限抑制された感情を持って伝えてくださいました。
釜石の浜の仕事で少なからずお世話になった方もおりましたが、ご消息を存じ上げず、ご存命であることを祈るのみでございます。
3月11日午後の揺れは、職場の床から天井まである重いキャビネットが不気味に長く揺れ、これは大変なことが起こる、そんな予感がしたことを、よく覚えております。
余震というには余りにも頻繁に起こる地震やその後の行政のバックアップの貧困さで、復興には殆ど効果が上がっていない現実のことにも聞き及びまして、現地の方々の話、その方々をめぐる様々な支援活動について、私の周囲の者に、色々と話を広げたいと思います。ありがとうございました。これからも皆様、ガバチョ・プロジェクト」の方々の健康とご活躍を切にお祈り致します。(51)


私は、この講演を聞くまで「東日本大震災」についてあまり考えることはありませんでしたが、お話を聞き、はじめて「東日本大震災」という日本の現実を認識したように感じました。
「今日は来てよかった!!」と心から思いました。私も、自分に何ができるか、考えていきたいと思います。本当にありがとうございました。(52)

「4つの涙」のお話を聴いて、被災者や関わる人たちは多くの涙を流されたんだなと思いました。はじめは、涙さえ失くしてしますような状態から、涙を取り戻していくような姿が浮かび、涙は悲しいばかりじゃないんだなと思いました。
震災直後の明かりも音もない夜に見えた満点の星の話を聞いて、そのときの星の輝きは亡くなった、消えていったものの輝きだったのではとなかろうかとも思いました。
私自身は福岡に住んでおり、反原発の方が関心が高いように思います。けれども、被災地に対して何ができるか、被災地から何を学ぶのかを、福岡から問い続けていければと思っています。(53)

私は、岩手県のがれき焼却にかかわった人間です。少しでも岩手県の復興が進むことを祈っています。必ず願い事は叶うと思うので、前に、前に進んでもらいたい。(54)

夫も3回程、ボランティアで東北の方に行っていましたが、その度に「まだまだ復興は出来ていない」と話していました。今日のお話をお聞きして、本当にまだまだなんだと・・・。
私達の力は微力ですが、これからも自分にできる事はと言い聞かせています。これからもみなさまのお話、演奏を全国に広めていただきたいと思います。本当にありがとうございました。(55)

一昨年九月、被災地を訪問しました。あれから幾度の日々。されどテレビ画面に映る風景は遅々として進まず。
音って心をほぐす働きがありますね。すーっと、吸い寄せられるようなーー。
補聴器を忘れ、よく聴きとるのに身体を動かし、周りの人に迷惑をかけたと思います。(56)

私の故郷は福島県会津。たった一度の津波に呑まれた浜側へ行きましたが、そこにかつてあった人々の家は、土台を残してすっかり失われていました。年月を経るごとに記憶は薄れ、未だに故郷を失った被災者の心境を思うことも少なくなっています。
今日は、お話を伺い、忘れてはいけないと、改めて思いました。たとえ小さくとも、何かの形でお手伝いできたらしなければいけないと思います。(57)

被災してから1年目、3月25日に家族と4人で青森まで行き、3日間かけて群馬まで来ました。何もかも流され、まだ、がれきも所々残っていました。ホテルの1階のロビーが病院のようになっていて、沢山の人たちが診察に来ていました。3年たっている現在も、山ア先生のお話を聞くと、まだまだ平地のまま、いつ建物が建つのか、待ち遠しいです。
「命の花」を聞いて感動、涙が出た。(58)

仙台市宮城野区が実家で「3・11」震災当日、父の入院先の仙田氏の岩切の病院にお見舞いに行っていて、被災しました。
学生時代の友達、親戚の人、家や家族を亡くした人たくさんいますが、大阪にいると、どんなに現地の実情を話してもなかなか伝わりません。今日のような機会が全国で広まり、どんどん現地の話を全国でしていく必要があると思います。
いろいろな方が現地にボランティアで行ってくれていますが、若い世代、中学生や高校生の修学旅行などで訪ねてくれているというのも新聞でみました。とてもうれしく思いました。まだまだ復興は進んでいない、忘れてほしくないと思います。(59)

東北の皆様が一日も早く完全復興されることを願ってやみません。
私も阪神大震災の被災者といえば被災者です。でも東北と阪神では規模が違うような気がします。津波があったかないかということでしょうか? 阪神は復興が早かったような気がいたします。こういう形で少しでもお役にたてば私も幸せです。
私はあるきっかけで、音楽家の方に関心を持ちます。今日の講演された山ア真行様も、今、どのような方が知ったわけですが、私が、耳が悪いため聞き取りにくかったのが残念でした。被災地のために講演、音楽を通じ、力を注がれていることがよくわかりました。
私が今日ここへ足を運んだ目的はもう一つあります。笛、フルートに関心があったからです。私事で申し訳ないんですが、今はつまずいて休んでいるんですが、よし笛をかじっています。うまく音が出なくて休業中です。今日はすばらしい音を聞かせて頂きありがとうございました。(60)

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