山本孝史の記録
第一章 いのちの政治家(3)
 

<政治>

政治とは

・「夢ある日本」を実現

  戦後の高度成長期は、人間の飽くことなき便利さの追求に基づいた、新幹線、トンネル、橋、道路などの「建設の時代」であったともいえる。そのために、政治は利益を追求する人たちの道具となってしまった。ゼネコン汚職はまさにその象徴だ。

地方行政でもモダンな市庁舎や公共施設等の建設の、いわゆる「箱もの行政」が進むが、一方でソフト面の不十分さが指摘されている。

青森県車力村の村長は、独自の決断で、いつまでも自宅で暮らしたいという高齢者の望みをかなえるため、ホームヘルパーを増やし、村は日本の福祉サービスのベストテンに入っている。そのかわり、村役場は四十五年前に建てた木造のままで雨漏りするとういう。

今望まれているのは、このように、必要な所に予算を回し、一人ひとりのニーズに応えるキメ細かな政治ではなかろうか。そうあってこそ、障害者も高齢者も病気をもつ人も女性も男性も子供も、みんな分け隔てなく安心して暮らせる、そして、人権と尊厳が守られる、私たち一人ひとりにとっての「夢ある日本」が実現する。(「夢ある日本への道しるべ」 1994年11月)


・人の痛みのわかる政治

  私のホームページの応援メッセージに、日本の社会は「何でこんなに格差があるのか」というのがありました。私は、学生時代から、交通遺児の母子家庭の生活支援にかかわってきましたが、なぜ、これほど母子家庭の母親に負担がいくような施策を国は展開するのだろうかと思い続けていました。人生の中で本人の責任ではない事故にあったり、災害にあったり、病気になったりして格差が拡大することは、できる限り国はふせがなければならないし、元の生活に戻れるよう施策を講じなければなりません。それこそ政治の役割だと思っています。
  昨今は経済的な富が一部の人に集まって、仕事がない、住む所もない、夢をもてないといった状況に追い込まれている人たちが増えてきています。これも政治の責任です。しかし、政治家や役人のモラルが問われる事件が相次ぎ、政治行政が本来の機能を果たしていません。人の痛みの分かる政治を、真面目に努力している人が報われる社会にしていかねばと思っています。(蝸牛のつぶやき 2005年8月28日)



・救えるいのちを救うのが政治の責任

  命って本当にはかないので、突然奪われてしまったりするわけだけど救える命はたくさんある。交通事故、薬害エイズ、自殺…。救える命を救えないというのは政治が責任を果たしていないからだ」(夕刊フジ 2007年6月19日)

救えるいのちがあるのに次々と失われていく。それを救えないのは政治の責任やと思って、それは、交通事故があんなにたくさんあっても、日常茶飯事になっていく中でやったらやったで減っていく。自殺だってがんだってもっと減っていくと思う。亡くなることは仕方がないけれど、人間が最後の最後まで尊厳を持って生きられる、そういう思いがもてる、僕は、そういう社会にしたいんですね。(フォーラム 生きるということ 2007年7月6日)

がん患者になり、でも1年半、生かされて、私は国会議員の仕事は人々のいのちを守ることと思ったんです(朝日新聞 月曜コラム ポリティカ にっぽん 2007年7月16日)



与野党の枠を超えて

 臓器移植法 
私は、「脳死と臓器移植問題」について党派を超えて協議する「各党協議会」のメンバーに選任され、立法化を検討する「作業部会」委員にも選任されています。臓器を提供する人、また提供受ける患者と家族の人権と尊厳がしっかりと守られる「脳死臓器移植法案」になるよう、法律の策定作業をチェックする姿勢で取り組んでいきます。(国会レポート第2号 1993年11月15日)

 年金 2004年の公的年金改革に向け、与野党の年金担当者による「超党派年金シンポジウム」が開かれ、自民、公明、保守新、民主、自由、共産、社民の主要7政党の担当者が、一堂に会しました。この企画は、昨年9月になくなった民主党の今井澄参議院議員の遺志を受けて実現しました。今井さんは、「利害が入り組む医療と違い、年金は純粋数理の世界。政争の具にしてはならない」と訴え、昨年7月に超党派の勉強会を発足させました。・・・年金は「国家百年の計」。国庫負担率の引き上げに要する財源の問題が今後最大の課題です。公的年金は5年に一度見直され、来年がその年にあたり、これから更に議論を重ねていきます。(ホームぺージ 考・動・人 山本たかしです 2003年6月2日)

 自殺対策基本法 6月2日に警察庁が発表した平成16年の自殺者数は3万2325人で、過去最悪だった15年より2102人減りましたが、依然として3万人を超えています。遺書から判断した自殺の動機では、健康問題が最多ですが、働き盛りの男性世代では、経済・生活問題が最も多くなっています。借金苦や過労から死に追い込まれている姿が見えます。
 国会の正常化を受けて開催した1日の参議院厚生労働委員会理事懇談会で、各党の理事に、「自殺に関する総合対策の緊急かつ効果的な推進を求める決議」の案文を渡して、検討をお願いしました。また、自民党の武見理事や国井理事からは、「委員会で自殺問題を審議する機会を作って、その後に決議するのが良いのではないか」との提案もなされました。
 自殺総合対策に関する関係閣僚会議の開催に向けて、各方面への働きかけを強めます。(蝸牛のつぶやき 2005年6月5日)

 がん対策基本法 与党も「がん対策基本法」を国会に提出したことによって、民主党と与党間での調整が始まることを期待しています。私も成立に向けて頑張ります。両案は、対策の推進母体の位置づけや、がん登録の是非について意見が異なります。しかし、がん対策の充実の必要性では一致しています。国会日程が非常に窮屈で、与野党間の対立ムードも高まっていますが、がん患者の立場に立って、ぜひとも今国会での成立をお願いします。(蝸牛のつぶやき 2006年5月28日)



党議拘束を外す意味

 最後になりますが、戦後日本の憲政史上初めて、本案の採決に当たっては、各会派において党議拘束を外す方向で今検討が進んでおります。死の概念を変更し、日本の終末期医療に根本的な変容を迫るこの重大な法案でございます。どうぞ議員諸氏の真摯な取り組みをお願いいたします・・・(「臓器移植の移植に関する法律案」審議 - 衆 - 本会議 - 平成06年12月01日)


マニフェスト

 マニフェスト選挙の進化をめざそう!民主党のマニフェストは官僚がチェックしていないから、実現の可能性が低いとか、整合性がないと酷評される。一方、自民党のマニフェストは、官僚が書いているから、実現の可能性は高いが、夢がないし、面白みがない。政治主導で導くべき将来像(ビジョン)を描くのが、政党のマニフェストだとすれば、民主党のマニフェストの方が高評価となる。もっとも、この選挙戦後に民主党は、「マニフェスト委員会」を設置して、進捗状態のチェックや、内容のバージョンアップに努めるべきだ。そうした努力が、民主党が主導した「マニフェスト選挙」を充実させることになる。(蝸牛のつぶやき 2005年8月28日)


質問主意書

 政治不信の解消には、国会での論戦を活発にすることが欠かせない。しかし、国会で慣習や法的規制が障害となっている。たとえば、議員の内閣に対する質問は国会会期中に限られている(国会法74条)。しかし、国会はいつも開かれているわけではない。国会の役割は「立法」と「行政監視」で、その舞台は委員会での質疑だが、委員会の開会日数も少ないのが現状で、議員が質問できるチャンスは極めて限られている。
 そこで私は、「質問主意書」の制度を活用した。その仕組みだが、内閣に対して質問のある議員は、その質問を所定の様式に従って議長に提出する。その内容を承認した議長は、質問書を内閣に転送し、内閣は受領後7日以内に、提出議員に答弁書を手渡さなければならない。
 委員会では質問時間が制約されているが、質問主意は内容を吟味して提出できること、議員が所属していない委員会に関する質問であっても提出できるなど、利点は大きい。薬害エイズの真相解明にも、証人や参考人招致とともに大いに威力を発揮した。
 しかし、質問主意書の提出も国会の開会中に限られている。いつでも、自由に議員が政府に対して質問できないのは、議員自ら手足を縛っているようなものである。改善して、国会の活性化を図るべきだ。(国会レポート第21号 1996年11月)


参議院

 参院では、衆院でなされたのと同趣旨の質問もなされる。「二番煎じ」で、時間とお金の無駄と怒られそうだが、実は、衆院で審議が尽くされているといえない時もある。
 母子寡婦福祉法でも、衆院の議事録を読み返すと、厚労省の担当局長の答弁が実に曖昧なのだ。「再度、しっかりとした答弁を求めておかなければ、大変なことになる」。そんな気持ちで質問を重ねた結局、参院では、衆院より1時間多く審議することになった。民主党の姿勢を明確にする観点から、法案の修正案も提出した(自民党委員から、「この修正案ぐらい認めてもいいのにね」との声も)。
 「本来は、衆院段階でしっかり審議しておくべきじゃないの」とのご指摘は、ごもっともなのだが、特殊法人の独立行政化法案のように、46法案を一括して特別委員会で審議するという無茶苦茶を与党側がすると、参院での審議が重要となる。・・・ こうなると、参院が「最後の砦」。衆院での審議の穴を埋めるべく、しっかり審議しなければならない。責任重大だ。今日も日曜日だが、早めに大阪から東京に戻って、国会の事務所で、同僚議員に質問を割り振る準備をしている。ちなみに私は、参議院は決算や行政監視の役割を強めて、税金の無駄遣いや、行政の怠慢・間違いを指摘し、改善させることに力を入れるのが良いのではないかと思う。(蝸牛のつぶやき 2002年11月24日)