山本孝史の記録
第一章 いのちの政治家(4)
 

<政治家>


 今、政治家に求められているものーー 私は、政策のスペシャリストになるための経験と勤勉さ、まともな金銭感覚と市民感覚、世界平和を願う心、そして高い志をあげたい。それらを持ち合わせていれば、自ずと政治理念が生まれ、熱き思いで政治の理想とビジョンを語り、その実現に向けて行動する政治家となれると確信する。(「夢ある日本への道しるべ」 1994年11月)

 政治家は、官僚の意見を聞くだけではなく、直接、生活者の声を集めて、自ら政策立案に取り組み、「夢ある日本の創造」に全身全霊で取り組むべきである。(「夢ある日本への道しるべ」 1994年11月)

 官僚の手から政治を取り戻すべきだが、道のりは遠い。なぜか。初めて政治の世界に足を踏み入れてまだ1年4か月足らずだが、私には思い当たることが多い。最大の原因は、利益誘導型、権力志向の議員は多いが、政策志向型の議員は少ないということだ。残念ながら、国会議員には「専門家」が少ない。そして、勉強しない議員が多いのには正直言って驚いた。優秀な官僚がいるから、政策志向型の政治家でなくとも勤まるということか。・・・国会議員も一人ひとりがそれぞれの専門分野をもち、政策のスペシャリストとなるべきだ。これは「族議員」とは異なる。「一年生議員は、政策より選挙区を大切にしろ」と忠告する先輩議員もいるが、政治家の歳費は国民の血税で賄われていることを忘れてはならない。私は、医療・福祉・年金等の厚生関係のスペシャリスト議員となる。(「夢ある日本への道しるべ」 1994年11月)

 政治家に必要なのは先見性と決断力と思いますが、同時に、繊細な心配りと、すぐに気持ちが切り替えられる楽天的な性格が同居していなければならないとも痛感します。(蝸牛のつぶやき 2000年4月4日)

 「何でやねん?!」と思わず口にしてしまう、おかしなことが続いています。医療ミスや食品の回収事件、凶悪な少年犯罪、リストラ解雇がある一方で過労死は減らない。失言ばかりの総理大臣と、大きい声だけに耳を傾け、税金を浪費する自民党の政治。社会も政治も歪んでいます。でも「しゃあないなぁ」とあきらめていませんか。それでは、世の中よくなりません。皆様の「何でやねん?!」の声をエネルギーに、「おかしな政治、おかしな社会を変える!」。それが民主党・山本孝史の仕事です。(ニッポンの何でやねん 介護保険の何で? 山本孝史はやる、たかし。 2000年11月1日)

 私たち、特に国会議員には、想像力や先見性が不可欠。そして、現場を踏むことが大切だと、改めて心に刻んだ次第です。(蝸牛のつぶやき 2005年11月27日)

 政治家は自らが成したい政策を掲げて政界を目指す。しかし、当選後は、それまで以上に過去の経緯を学び、未来に思いをはせ、かつ、老若男女、都市と地方、国内外の関係、財源等に目配りをしながら、現在の政策のあるべき姿を考えて行動しなければならなくなる。一般の議員ならまだしも、こと総理となると、自分の得意分野だけに力を注ぐ、あるいは自分の信念だけで力ずくで行動するわけにはいかない。(大阪日日新聞 2006年10月8日)

継続は力、蓄積は宝

自民党議員が多数を占めるようになったからだと思うが、国会審議が雑になり、運営も手荒になっている。これでは、国民に政治が見放されてしまう。 国会議員となって実感したのは、「継続は力なり、蓄積は宝なり」という言葉だ。一議員として、しつこく一つの事柄を追いかける。それが大切な政治姿勢だと思う。いつの間にか、追随を許さない存在になっているし、頑張っていると、思わぬ金脈に当たることもある。(あしなが育英会機関紙 NEWあしながファミリー 2006年12月18日記))


<立法>


 自らが法律(内閣提出法案に対する修正案も含めて)の必要性を認識し、自らが作成して国会に提出し、成立させることこそが、国会議員の本来の仕事(責務)なのである。・・・真の行政改革とは、たんなる省庁の再編を意味しない。立法府の行政府に対する優位性を回復することである。そのことをまず再確認しなければならない。「重要法案だから内閣提出法案(官僚作成案)とすべきだ」というのは、議会の自殺行為、責任放棄である。エイズ薬害や住専問題、大蔵省接待で露呈したように、日本の官僚制は疲弊している。「公務員倫理法」や「情報公開法」を官僚に考えさせるということの矛盾に気づかない政治の鈍感さには驚くばかりだ。立法府がその立法府たる地位を回復し、議員立法を増やし、必要な法的整備を通して社会秩序を形成していかねばならない。(「議員立法」 第一書林 まえがき1998年2月) 

 初登院直後から取り組んだ臓器移植法は、最終的には、対案(金田・山本案)の提出まで至った。それも、多くの交通事故被害者の声を聞くなかで、貧しい救命救急医療、お寒いばかりの「死の看取り」に、怒りにちかい思いを抱いていたからである。(「議員立法」 第一書林 あとがき1998年2月)

 在外被爆者の問題や、障害者の投票権が保障されていない問題など、当事者が裁判に訴えて権利を確保しようとする流れがある。判決では、違憲との判断が示されたり、法律の不備が指摘されたりする。立法不作為も指摘され、国会議員の責任の重さを痛感する。(蝸牛のつぶやき 2002年12月23日)