「ルビコンの決断」感想集 

あしなが学生からの手紙 「拝啓 山本孝史様」 (3)

山本先生が、がん対策基本法を天命だと信じて命をかけてやり遂げたことを知り、私はとても感動し、勇気づけられました。それて人間が本当に大切にしなければならない思いや姿勢を山本先生は全力で私たちに教えてくださったのだと思いました。

「がん イコール リタイアではない」と先生はよくおっしゃっていましたが、おそらく先生は自分自身に言い聞かすように、その言葉を使い続けたのではないでしょうか。自分の病気と闘うことで、精神的にも体力的にも精一杯なはずなのに、同じがん患者やその家族のために、国を変えたいという思いで自分の身体に最後まで鞭を叩いてやり遂げることは普通はできないことだと思います。やはりまっすぐな先生の思いとそれを支える奥さんの力だと思います。

私自身、小学6年生の頃に父を肺がんで亡くし、とても悲しく寂しい思いをしましたが、やはり一番辛かったのは父本人と父を支えていた母親なのだと、先日の特集「ルビコンの決断」を見て、あらためて感じました。

私も山本先生の思いと強さを胸にこれからも、自分の信念を貫き、まっすぐに力強く生きていきたいと思います。(あしなが心塾生・美術学部絵画学科日本画専攻 3年)

 

一昨年の七夕の夜に先生と出会ってから、私の人生は大きく変わったように思います。先生のお話を聞きながら、私は先生に自分の父の姿を重ねていました。私の父は私が小学校3年生のときに癌で亡くなりました。私は父が癌だということも知らず、父に何もしてあげられないまま父は亡くなってしまいました。だから、父と同じ病気と闘っている先生に自分の父を重ね、何かできることがあればと、選挙のお手伝いをさせていただきました。

今回、「ルビコンの決断」を見て、あの選挙も、そしてそれまでに先生がされてきた決断の先には本当に多くの人の命があったのだと改めて感じました。

メキシコには多くのストリートチルドレンや路上生活者がいました。彼らにとって生きるとは一体何なのだろう、彼らは死が自分の目の前にやってきたとき、何を思うのだろうかと、彼らを見て考えていました。生きることは生きているすべての人間に平等ではないけれど、死だけは生きている人間すべてに平等だと感じました。それが正解なのかも分からないし、人が死んでいくということはどういうことなのだろうかと研修中もいろいろ考えていましたが、未だに答えはわかりません。それが当然なのかもしれません。でも、これからも考え続けていきたいと思います。

私の将来の目標は、音楽療養士になり、病気で苦しむ人の痛みを少しでも癒し、また残りの時間を少しでもよいものにするお手伝いをすることです。そしていつか、お金持ちも貧乏も関係なく、国も超え、死を目の前にした人の痛みを癒せるような音楽療養士になりたいと思います。

先生に出会っていなければ、私はこの目標を持つことはなかったように思います。先生に出会えたからこそ、私は人が生きること、死んでいくことについて考えるようになったのだと思います。ありがとうございました。

先生の「命のバトン」を私もしっかりと受け取って生きていきます。(あしなが心塾生・芸術情報学部音楽表現学科5年)

 
先日拝見しましたドラマ「ルビコンの決断」についてですが、私は山本先生について新聞などを通じて存じ上げてはいたものの、それ以上に先生の「生き方」をより深く知ることができたと感じております。

山本先生はご自分の余命を考えた際、天命としてがん対策基本法成立に全力を尽くされました。山本先生の最後までご自分の理想を追い続けたその姿に私は心を打たれ、それと同時に、亡くなった私の父の姿をどこか山本先生に重ねてしまいました。

私の父は私が9歳のときに食道がんで亡くなりましたが、「最後まで働き続ける」と、亡くなる1週間前まで仕事に出ていた姿が思い起こされます。食事も喉を通らず、みるみる痩せていき、辛そうな父の姿を見ていると、父がどうしてそこまでして働くのか、なぜ入院を拒むのか、当時の私には理解できませんでした。しかし、今考えると、命に限りがあるからこそ、自分にできること、さらには自分にしかできないことを全うし、またその姿を私に残したかったのだと思います。

命を力強く燃やして逝かれた山本先生。山本先生が成されたこと、山本先生の生き方は、私たち遺児の生き方に大きな夢と可能性を示してくださいました。命の大切さ、そして私たちが今生きている、それがどんなに幸福でどんなに尊いことなのかを胸に、生きていきます。天国から見守ってください。 (あしなが心塾生・法学部法学科1年)