「ルビコンの決断」感想集6
今、BSジャパンで「ルビコンの決断」を見ました。「幸せの王子」を引用した場面で、ジーンときて、尾辻さんの「先生、外は雪です」でまた涙。ゆきさんは最高に素晴らしい方と巡り会ったのですね。
 

本日ルビコンの決断を見ました。(こちらでは地上波の放送がございませんでしたのでBSで)改めて山本先生の偉大さに感じました。

参議院議員になられてからは、お会いする機会もございませんでしたが、議員会館にお尋ねした際にも気さくにお話をしていただいたことを今でも思い出します。

臓器移植法の時も脳死の問題が置き去りにされ、移植だけが進められて行く方向でしたが、先生の対案提出でいろいろな問題が国会で話され法案が成立したことも思い出されます。

私の母は2002年にすい臓がんで亡くなりました。医師に話をされた時は、何も考えられず本人への告知はしませんでした。余命は、半年から1年と言われました。

田舎の町立病院でしたので、末期のすい臓がんに効く抗がん剤も今はないのでこれといった治療方法もないので、特に治療もしないとのことでした。それでも、お願いして一度だけ、抗がん剤治療をしてもらいました。

7月に入院、10月に一時退院、2週間ほどで様態が悪くなり再入院。12月26日になくなりました。今思えば、きちんと話をして、もう少し大きな病院できちんとした治療をしてもらっていれば、もう少し長生きできたのではないかと悔やまれてなりません。

人間は必ず死にます、しかし余命がいくらと宣告するのは簡単には言えるものではないと思います。話す側も話される側も、その覚悟と勇気が大変必要に思います。それがなかった私のような方はとても多いのではないかと思います。

告知した場合としない場合では治療も違ってくるのが現実ではないかと考えます。私のような勇気のない人間にとっては、本人に告知することをサポートしてくれるような体制が必要に思います。

とりとめもない文章で申し訳ありませんでした。山本様の益々のご活躍をお祈りいたします。

 

昨夜、BSで見ました。とても感動! ゆきさん、強いね! 自分がつくづく、へたれだなと思います。ゆきさん、辛い事いっぱいあったと思うけど山本さんと生きられて幸福だと感じます。

 

先日テレビ拝見いたしました。今更ながら残念です! 山本様のように本当に国民のために頑張ってくださる方を私たち有権者はきっ り見据えて、選出しないといけません!つくづく今の政治家に見習ってほしい限りです。

 
田中健さん、山本さんの仕草をだいぶ研究されましたね。彷彿とさせるところが随所に見られました。よかったです。
 
孝史さんは多くのことを生み出して逝かれました。中島みゆきの「誕生」はまさにその意味だったんですね。
 

BS Japan「ルビコンの決断」見ました。山本さんとゆきさんの決断に私たちは感謝しなければならないと思いました。

山本さんがもし議員になっていなかったら、ガンに罹患していなかったら、といろいろ想像していまいました。

山本さんがいなかったら薬害エイズや介護保険、年金制度はもっと悲惨な状況になっていたでしょう。また、自殺対策やがん対策も現状よりもっと遅れていたと思います。

山本さんは私たちにバトンを渡しました。山本さんの願いを、思いを、夢をしっかり引き継いで、「命を守る社会」を築いていかなければと改めて思いました。

 
偉い先生や、偉いお役人が出てきてどれだけデーターを掲示しても、患者の生の声には勝てません。

山本議員が国を動かしたのもまさにこれだったのですね。
 

BSジャパンで「ルビコンの決断」を拝見。メールのところや、新宿駅前で選挙演説をしているところ、おふたりの心情を思うと切なくて、でもとても勇気にあふれていて、録画を何度も再生して見ました。

がんによって肝臓の機能が低下したときの倦怠感は、患者さん本人にしかわからない、と医師から聞きました。

抗がん剤に耐えつつ倦怠感と闘ったのは、なすべき使命があったからなのですね。政治家としてきっちり孝史さんのバトンを受け継いだのは尾辻さん(他にもいらっしゃるとうれしい)。

ゆきさんは患者の家族として、また使命に殉じた政治家と共に闘った家族として、そのバトンを受け継いでいるのだと思います。

これからも応援しています。兄をがんでなくしたわたしにもできることがあったら、できることから始めたいと思っています。まず勉強が先かもしれませんが。