山本たかし 
薬害エイズ真相究明
   

「厚生省AIDSファイル」 保坂渉 (岩波書店) 1997年3月
プロローグから抜粋(p.12 〜p.15)


委員会で追及するぞ

 菅の記者会見から19日後の2月28日夕、衆院第二議員会館3階にある新進党山本孝史の事務所。山本は、厚生省の調査プロジェクトチームが公表した真相究明に関する中間報告書に、目を走らせていた。

 「これは委員会の質疑に使えそうだな」

  山本は厚生員会で、薬害エイズ問題を執拗に取り上げていた。報告書の中で目をつけていたのは「文献等調査リスト」だった。リストには、AIDSファイルから見つかったエイズ研究班の関係資料142点が列記されていた。山本は、その中から興味を持った資料10点を選ぶと、翌日厚生省に請求した。

  調査 プロジェクトチームから提出されたのは半数の5点。「残りを早く出せ」と言っても、なぜかだめだった。
 
  3月に入ると、山本はしつこく文書や電話で資料を出すよう催促を続けた。
 「人手が足りなくて持って行けない」
 「来週にしてください」
 厚生省の回答はその都度変わり、要領を得なかった。

 3月19日には約1カ月前の「郡司ファイル」に続き、エイズ研究班関連ファイル7冊(薬務局関係2冊、保健医療局関係5冊)と、「風間ファイル」(元エイズ研究班血液製剤小委員会委員長風間睦美提出分)が公開された。

  山本が請求していた残りの資料は、この中にも見つからなかった。未公開のファイルは、裁判の訟務用ファイルが1冊あるだけだった。

  「いったいどうなっているんだ。資料がどこにあるかぐらい、はっきりさせろ。4月2日の厚生委員会で追及するぞ」

  山本は厚生省の対応に腹を立て、ついに調査プロジェクトチームの担当者を、電話でどなりつけた。3月29日のことだ。

  この日、HIV訴訟は被告の国とミドリ十字、バクスター(元日本トラベノール)、バイエル薬品(元カッター・ジャパン)、日本臓器製薬、財団法人化学及血清療法研究所の製薬五社が血友病患者に対する感染被害の責任を認め、実質的な原告勝訴の歴史的な和解が成立した。だが舞台裏では、山本と厚生省の間で資料の公開をめぐり、熾烈な綱引きが繰り広げられていた。

  山本の「委員会で追及する」の「殺し文句」で、厚生省があわただしく動き出した。
  電話から2日後の3月31日、荒賀は日曜日にもかかわらず厚生省にいた。1冊のファイルの所有者を確認するためだった。その作業に、エイズ研究班当時の生物製剤課長補佐の藤崎清道が呼び出された。

  「資料の中身を点検してくれ」
 
  荒賀の言葉に藤崎は、ファイルを丹念に調べた。「私のファイルではないが、自分の資料が入っているのは事実だ」
 
  238ページに上るファイルは、エイズ研究班当時の資料を綴じた生物製剤課の「エイズ研究班用ファイル」だった。このファイルには、それまで公開されたファイルになかった重要な文書があった。それは厚生省が、非加熱濃縮製剤の危険性に早くから気付いていたばかりでなく、安全な国産血液製剤への転換を検討していた証拠となる決定的な文書だった。

  週明けの4月1日夕、厚生省七階の大臣室。荒賀が菅に報告した。

  「実はまだ精査していなかったエイズ関連ファイルが27冊ありまして・・・・・・」
  菅は驚いた。

  2月9日の記者会見で、荒賀は「薬務局で見つかったファイルは全部で4冊」と発表したのに、実際はそのほかに27冊もあったのだ。
 
  菅への報告から間もなく、山本の議員事務所に血液事業対策室長等が走った。

  「先生、これまで公表した以外にもファイルがありまして、先生が請求された資料もその中です。明日、大臣が会見で発表の予定です」

  「公表された以外にまだファイルがあったのか」
 
  再び資料隠しか。山本はあっけにとられた。

  荒賀の報告の翌日、菅は国会で親しい議員にぼやいた。
  「また出ちゃったよ」
 
  繰り返し大量のAIDSファイルの存在を黙り続けた厚生省。ファイル発見から約2カ月遅れの発表は、厚生省による資料隠しの疑念をさらに強める結果になった。
 
  4月3日夕の記者会見で、荒賀は「資料隠し」の批判にこう弁明した。

  「薬務局関係では、郡司ファイルを含め四冊を大臣に報告した。うち3冊は公開済みだ。1冊も近く公開の段取りになっている。残りの27冊は、エイズ研究班資料ではないということで、そのまま置いておいた。非常に遅くなったが、あらためてチェックしてみると、7冊に研究班の資料が入っていることが分かった。決してウソをついたとは思ってない」
 
  荒賀の説明では、27冊のファイルの見直しが始まったのは、偶然なのか、山本から「委員会で追及する」と電話があった3月29日と同じ週だ。それまでは、血液事業対策室の一角に、手つかずで積んであったという。山本のしつこい資料請求がなければ、ファイルの存在自体がまた闇に埋もれるところだった。


山本が登場する著書の紹介
 
「厚生省AIDSファイル」 保坂渉 (岩波書店) 1997年3月
「安部先生、患者の命を 蔑ろにしましたね」櫻井よしこ (中央公論新社) 1999年10月
「薬害エイズ 奪われた未来」 毎日新聞社会部 (毎日新聞社) 1996年10月
「脳死と臓器移植法」 中島みち (文春新書) 2000年11月
「脳死移植はどこへ行く?」向井承子 (晶文社) 2002年1月