「がん難民」をなくせるか(論点-61)〔日本の論点2007〕

日本の論点2007 2006年7月25日掲載

国が医療費を抑制する限り、病院に見放されたがん患者の難民化は続く

地域・施設による治療格差をチェックせよ

日本の論点2007 2006年7月25日 一九八一年(昭和五六年)、がんはそれまでの脳卒中を追い越して日本人の死因第一位(*1)になった。今や、男性の二人に一人、女性の三人に一人が生涯に一度はがんに罹り、全死亡者の三人に一人はがんで亡くなっている。それほどにがんは「身近な病気」となった。

  かつては告知もされず、手術でできるだけ大きく切り取るという治療法しかなかったが、現在は、告知も広まり、外科、放射線療法の進歩に加えて、化学療法でも、とくに九〇年代以降、新しい抗がん剤が次々と使われるようになり、治療成績も格段に向上している。

  ところが、国立がんセンター東病院化学療法科の向井博文医師らの調査によれば、同科を受診した転移・再発の乳がん患者を対象に、その治療法の妥当性を評価したところ、対象となった七八例のうち三五例(四五パーセント)で、明確な根拠に基づかない治療法(*2)、あるいは害となりかねない治療法が、それまでの病院で選択されていたことが判明した。浜松オンコロジー・センター長の渡辺亨医師も、著書『がん常識の嘘』(朝日新聞社)で、「全国的に見て標準治療が四分の一程度しか行われていない」と推定している。

  いわゆる「地域間格差、施設間格差」の問題である。最近では、「同じ病院内でも、外科医と内科医では、同じがん患者で治療法が異なる」という「施設内格差」も指摘されている。各関連学会ががんの部位別に「診療ガイドライン」を作成している。学会は責任をもって、自らが定めた標準治療が行われているのかを検証し、公表すべきではないか。

  がん患者からの指摘もあって、二〇〇四年、厚労省は「がん医療の均てん化に関する委員会」を設置した。「全国どこでも同じ水準のがん治療が受けられること」を目指して、がん医療にかかわる人的、経済的資源を一定の病院に集約することにした。都道府県知事の申請により、国が定めた一定の基準を満たしている病院を「がん診療地域連携拠点病院(*3)」として指定する。最終的には全国で二五〇病院となる予定だ。

  病理医や麻酔医、放射線治療医など、人材が不足している職種は非常勤でもよいとされているため、拠点病院におけるがん医療の提供体制の実情を常にチェックし、公開する必要がある。
  院内がん登録、地域がん登録を進め、全国集計するなかで、各病院の治療成績を自ら評価することも重要課題だ。

  もちろん、専門医の養成・確保にも努めなければならない。「医師が多いと医療費が増える」との理屈から医師の養成数を限定してきた政策も見直しが求められる(*4)。

なぜ「がん難民」が発生するのか

 がん難民の発生は、厚労省が推し進める医療費抑制策が原因である。
  再発・転移したがん患者は、多数の抗がん剤のなかから、効果のある組み合わせを探しながら治療を進めることになる。ところが、厚労省が推進している「包括払い」方式(がんの種類や手術の有無、症状などに応じて、保険から支払う額を一定額とする)を採用する病院で、こうした細やかな「さじ加減」を要する治療法を行うには、抗がん剤の保険適用範囲の限定、腫瘍マーカー検査の回数制限などが障壁となる。

  海外で有効性が認められている新たな抗がん剤を使うにも、治験に運良く参加できない限り、個人輸入をするしか方策はなく、病院側にも患者側にも大きな負担を強いる(*5)。

  要するに、患者が望むような抗がん剤治療は、病院側に赤字を生み出すことになる。そこで病院側は、「もう治療法はありません」と言って、自宅に戻すか、ホスピスを勧めることになる。一方、患者側はインターネットや書籍から得た情報を頼りに、治療をしてくれる病院、受け入れてくれる病院を探して放浪する「がん難民」となる。

  厚労省の医療費抑制政策の転換、抗がん剤治療に精通した腫瘍内科医の養成、国内未承認薬の早期使用への道筋の整備、抗がん剤の保険適用範囲の拡大等がなされない限り、「がん難民」は生まれ続けるだろう。

おざなりだった患者への情報提供

 がん患者にとって、がん医療に関する正しい情報が必要である。情報はあふれているが不適切なものも多く、患者側が惑わされることもある。最新の正しい情報がつねに提供されるべきだ。

  そこで厚労省は、〇六年一〇月、国立がんセンターに「がん対策情報センター」を設置した。がん治療法や病院情報などを整理し、各拠点病院に設置される「がん患者相談支援センター」を通じて国民に提供する。がん医療に関する最新情報の提供は、これまで国立がんセンターの職員が「仕事の片手間に行ってきた」ため、同センターのホームページで、四年以上も更新されないままに古い情報が掲載されていた事例も見つかった。

  情報提供には予算付けも必要である。六月のがん対策基本法の成立が追風となって、厚労省の〇七年度がん対策予算は三〇三億円(概算要求。〇六年度は一六一億円)と大幅に増額された。しかし内容を精査すると、相変わらず、機器や設備の更新、研究費に大半が充当される。研究の必要性は否定しないが、公費での研究の内容、成果などの情報は、データベース化されて、がん患者にわかりやすく提供されるべきだろう。

  一方、各拠点病院の「相談支援センター」では、国立がんセンターで作成されたデータベースを活用しながら、がん患者や家族に対して、診断や治療法の理解を助け、経済的負担などの悩みの軽減に向けて、面談や電話を通じて対応する(*6)。
  このような情報提供や患者の支援という点においても日本は大きく立ち遅れている。予算付けを行い、運営費の補助や人材の養成確保という面でも国の積極的な対応が求められる。

私のがん公表で成立した対策基本法

 ここ数年、がん患者自らが先頭に立って、がん医療の改善を訴えてきた。〇五年五月に開かれた「がん患者大集会」などが契機となり、厚労省内に「がん対策推進本部」が設置され、八月には「がん対策推進アクションプランニ〇〇五」が発表された。○六年四月には、「がん対策推進室」も独立した組織として設置された。

  こうした動きをさらに加速させるべく、「がん対策基本法」が六月に成立した。与党と民主党が同じ名称の法案を提出し、政局も絡んで成立が危ぶまれた時もあったが、私の参院本会議での「がん公表」が弾みとなって、成立に至った。

  法案で特筆すべきは、私の提案で盛り込まれたがん患者・家族・遺族が参加をする「がん対策推進協議会」の設置である。国の医療政策決定に、患者が参画するのは初めてのこととなる。「患者が主役の医療の実現」に向けての新しい流れが生まれるかどうか、今後の推移を注目したい。

  また、緩和医療の充実も今後の課題である。これまでは「緩和ケア」ということばが使われてきたが、がん医療では、治療に伴う副作用や疼痛などの緩和が治療の初期段階から求められるため「緩和医療」と呼ぶべきだろう。緩和医療専門チームの編成、緩和医療外来の設置も進めたい。すべての医師が鎮痛薬や麻薬の使用法を学ぶべきだ。

  がん専門病院と地域の診療所との連携強化も課題だ。自宅での療養を支える診療所の活動に対する手厚い診療報酬体系も不可欠だ。

*1 日本人の死因第一位
いまや「がん死三〇万人時代」を迎えている。〇五年の一年間のがん死三二万五九四一人のうち、主な部位別の死亡数では、多い順に肺がん六万二〇六三人、胃がん五万三一一人、大腸がん四万九三〇人、肝臓がん三万四二六八人、膵臓がん二万二九二七人、食道がん一万一一八二人、乳がん一万八〇八人。(厚労省「平成17年人口動態統計(確定数)の概況」)

*2 明確な根拠に基づかない治療
これに対し、がんの治療法や新規抗がん剤を選択する場合に、医師個人の治療体験やカンより、科学的な根拠を重視する方法をEBM(エビデンス・ベースド・メディスン=根拠に基づく治療)と呼ぶ。

*3 拠点病院
今回、厚労省から「拠点病院」と指定されなかった市中病院にも優秀ながん治療医がおられることに留意されたい。(筆者注)

*4 医師の養成
〇六年九月、厚労省の医事課長と文部科学省の医学教育課長との人事交流が実現した。これまで弊害が指摘されてきた医師養成をめぐっての厚労省と文科省の政策が、整合性のあるものとなることが期待されている。(筆者注)

*5 未承認薬
がん患者は「自らの責任で未承認薬を使わせてほしい」と主張したが、混合診療を阻止したい厚労省は、薬事法を盾に患者の主張を退けた。その代わりに、「未承認薬使用問題検討会議」を設置し、早期承認への体制を整えたとしている。しかし、がん患者の願いとはかけ離れた対応が続いている。(筆者注)

*6 相談支援センター
厚労省が「相談支援センター」のモデルとしているのが、静岡県立がんセンターの「よろず相談」だ。MSW(医療ソーシャルワーカー)四名、看護師一名、事務員二名の体制で、対面四〇〇〇件、電話六〇〇〇件の相談に対応している(〇五年度実績)。病院運営や医師らの言動に対する苦情(ハ〇〇件)には、患者代弁者として交渉し、病院運営の改善にも寄与している。(筆者注)

筆者が推薦する基本図書
●『がんを生き抜く実践プログラム』NHKがんサポートキャンペーン事務局編(日本放送出版協会)
●『がん化学療法と患者ケア」福島雅典監修(医学芸術社)
●「医者の私ががんに罹ったら』平岩正樹(小学館)

e-data[国立がんセンターがん対策情報センター「がん情報センター」]

山本孝史   personal data
やまもと・たかし 1949年生まれ。立命館大学卒。ミシガン州立大学大学院修士課程修了。交通遺児育英会事務局長などを経て93年日本新党より衆議院議員当選、2期務める。2001年民主党より参議院選挙(大阪選挙区)に出馬、当選。民主党新緑風会幹事長。民主党NC厚生労働大臣、参議院財政金融委員長などを務める。「いのちを守る」を政治信条に、薬害エイズ、臓器移植、自殺対策、交通事故問題などに率先して取り組んでいる。06年5月、がん患者だと公表し、がん対策基本法成立の原動力となった。著書は『議員立法』など。