「医と可笑し(いとおかし)」 主催:がん患者ネット・中外製薬株式会社
( 東京・全電通ホール 2006年10月29日)

癌研有明病院緩和ケア科・向山雄人部長 講演要旨

がん緩和ケアに対する大きな誤解、我が国の不幸

「緩和ケア病棟は、入ると出られない、すぐ亡くなる、治療をしない病棟」という大きくかつ不幸な誤解があります。医師のなかにも、そのように思っている者がまだ多くいます。また、「緩和ケアは、終末期になってから受診する診療科」と思われていて、WHO(世界保健機関)が提唱している早期からがんに伴う様々な苦痛があればすぐに受診するべきとの概念がまったく理解されていません。

緩和ケア病棟とは、外来や一般病棟では十分に苦痛の緩和できない患者さんの症状をコントロールし、その後に、自宅や一般病棟に戻るところなのです。したがって、がんを攻撃する抗がん剤治療などの最初の段階から関わるのが、緩和ケアの本来の姿です。

癌研有明病院のシステムでは、外来通院患者さんは普段受診している診療科(主科)と同時に、必要に応じて緩和ケア外来も受診できます。1日20人ぐらいの患者さんが化学療法科、外科、乳腺科、泌尿器科などの受診日と同じ日に緩和ケア外来を併診して苦痛の治療を受けています。

また、病棟からの依頼があると、認定看護師と医師が他の病棟の入院患者を回診します。

電子カルテの導入で、ボーダレス、シームレス、かつ迅速に各科と関わって行くことが可能になりました。癌研有明病院では医師だけでなく患者さんの苦痛を一番知っている看護師も電子カルテを通じて、緩和ケアチームに診療依頼が可能になっています。

痛みなどの苦痛を我慢しないことが大切です

痛み止めのクスリが高額なため、「抗がん剤でお金がかかっているので」と、痛みを我慢する患者さんがいます。さらに、「痛いと言うと、抗がん剤治療を受けられなくなる」からと、痛みを我慢している患者さんもいます。

苦しい、痛いということを我慢してはいけません。痛みを放置すると不眠、不安、食欲不振、だるさなどの症状が出て、これがさらに痛みを強く感じさせて、いわゆる「苦痛の悪性サイクル」に入って日に日に体調は悪化します。痛みが出たら早期治療することが大切なのです。これで当たり前の生活が可能になり、抗がん剤治療もスムースに受けられるのです。

患者さんには、「外来受診時に辛い症状を順番に3つ、紙に書いて医師や看護師に伝えて下さい」と言っています。そうすれば、診察時間を有効に使えます。例えば「背骨が痛い、頭痛と吐き気がある、眠れない」と書いておけば、医師は骨や脳への転移を疑い検査を予約します。さらに緩和ケア科に紹介してくれます。

がん緩和ケアができる医師の養成を

がん対策基本法が成立しました。「緩和ケアを早くから行う」ことが盛り込まれています。画期的なことです。緩和ケアは、医学部の授業でも卒後医師研修でも教えられていません。予算をつけて、緩和ケアのできる医師を養成することが課題です。

病状の悪化や抗がん剤が効かなくなって来た事をイージーに患者さんに告げる医師が増えてきていると感じます。そして、「ホスピスにでも行かれたら」という医師の言葉が、患者に大きな苦痛を与えています。

プロのがん治療医には「もう治療法がないから、他の病院やホスピスや緩和ケアにでも行ってください」という言葉はありません。抗がん剤治療の効果が期待できなくなっても、緩和ケアによってがんに伴う様々な苦痛をとり、QOL(生活の質)の高い、当たり前の生活ができ、さらに最近では、苦痛が緩和されている患者さんの延命効果も海外のいくつかの研究で報告されています。

保険で質の高いがん緩和ケアが受けられる国に

本来の「緩和ケア病棟」にするため、早期から苦痛が強い時に入院して頂き、緩和したら通院に切り替える、あるいは化学療法科病棟に移って抗がん剤治療を再開するというオープンなシステムにしたいと考えています。

また、「輸血はしません」「抗がん剤治療が終わってから来てください」という緩和ケア病棟がありますが、それは間違いです。さらに緩和ケアでも苦痛に緩和のためには先端医療を取り入れて良いと思っています。

さらには、患者さんが亡くなった後に悲嘆にくれるご遺族に対して「グリーフケア」を行うことも大切です。ご遺族の中には強い不眠や抑うつなどの症状があり適切な治療が必要な方々も少なくありません。

緩和ケア発祥の地である英国は一時、緩和ケアの質が落ちました。しかし、1995年に見直しをして、今では早期からの関わりや、一般の総合病院に当然のように緩和ケア外来があります。

ただ問題は、米英とも、適切で十分な緩和ケアを受けられるのは金持ちだけという現実です。

一方、日本は国民皆保険で、抗がん剤治療、緩和ケアが保険診療で受けられます。3~5年頑張って、緩和ケアの体制を各都道府県で充実することに成功すれば、「がんになって良かった」とすら感じられる国になるでしょう。そして、がん緩和ケアが健康保険でカバーされる世界一のがん医療先進国になるでしょう。腫瘍内科をバックボーンとした、がん緩和ケア医として情熱を持って仲間を増やして邁進したいと思っています。