山本孝史のプロフィール
衆議院議員時代
1993年(平成5年)
- 7月
- 旧大阪4区(中河内、南河内地域)から衆議院選挙に立候補(日本新党)。
ボランティア選挙、お金のかからない選挙を展開し初当選。 新党ブームの風のすごさを実感した。
- 1月18日
- 父、隆一(たかいち)死去(享年86歳)。
- 10月
- 選挙制度の改正に伴い、近畿比例区より立候補し再選される(新進党)
衆議院議員時代は、厚生委員会に所属。1年生議員ながら、委員会運営を協議する理事に就任した。
年金制度や医療制度の改革、介護保険の創設など、社会保障制度を巡る諸問題に取り組み、国会での質問回数は、衆院でもトップクラスとなった。
薬害エイズの真相解明に全力で取り組み、「隠されたファイル」の存在や、加熱製剤販売後も非加熱製剤を売り続けていた事実を明らかにした。
臓器移植法では、対案を提出し国会内での議論をリード。
交通事故をなくす国会議員の会事務局長も務めた。
- 6月
- 衆議院大阪第14区で惜敗(民主党)。民主党大阪府連の参議院議員候補者の公募に応募。参議院大阪選挙区の候補者として戦うこととなった。
1996年(平成8年)
1996年(平成8年)
2000年(平成12年)