vol.27 2006年3月〜4月

3月5日(日)号

永田議員のメール問題でのお詫び

 この度の、永田議員のメール問題に関し、民主党に期待を寄せてくださっている方々、国民の皆様にお詫びいたします。永田議員の暴走に始まって、その後の我が党の対応もお恥ずかしい限りです。国会議員は、政策課題に真摯に取り組むことが本分と考えております。私は、その職責を果たせるよう、一生懸命に政策課題に取り組んでまいります。

尊厳死法制化と独立型の高齢者医療制度との関連

 尊厳死法制化を考える議員連盟(中山太郎会長)の総会が開かれました。「考える」となっているので、法制化の賛意に関わらず参加できると理解し、私も参加しています。

 会合では、法務省から安楽死・尊厳死に関する代表的な判例の紹介と、厚労省より終末期医療を含む在宅医療推進の取組状況の説明があり、意見交換に入りました。

 真っ先に自民党の女性議員が手を挙げて、「早く法制化を」と迫りました。前回の会合でも「医療費が足りないのですよ」と発言した人です。他にも「本人の生前の意思表示は、どのような意味を持つのか」との質問もありました。ずいぶんと危なっかしい集まりです。

 私は、次のように述べました。

 「今の時点での尊厳死法制化は反対です。医療費抑制が叫ばれるときだから、なおさら反対です。自己決定権を根拠とされますが、家族に負担がかかるからとか、経済的負担を避けたいなどの理由は、社会的に迫られたものであって、自己決定ではありません。臓器移植法でも中山先生と議論しましたが、脳死を人間の死として、死体から臓器を摘出することの違法性を阻却することと、生きている人を死に至らしめる行為の違法性を阻却することは、まったく異なった議論です。尊厳死に対する国民の関心も、移植法の時のように盛り上がっているとは思えません。どうぞ、慎重にお願いします」

 中山会長は閉会の挨拶で、次のように述べました。

 「核家族化が進み、これからは面倒を見てくれる家族のいない高齢者が増える。終末期は病院に行かざるを得ない」

 この主張は、介護保険導入時に激論となった「福祉のターミナルケア」議論に決着がついていないことの表れでもあります。厚労省の「在宅での看取りを支える」との説明に、出席者から「医療的ニーズが高いのに、自宅で看取るとは、何を考えているのか」との発言もありました。国会での議論は、いつも生煮えのままです。

 ところで、今回の医療制度「改正」で、独立型の高齢者医療制度が創設されます。財源は、介護保険と同様に、公費で半分、若年者の「連帯」保険料で当面は4割、高齢者の保険料で同1割とする仕組みです。

 介護保険で問題となったように、給付総額が増えると、給付の「適正化」が求められます。介護では、ヘルパーを家政婦さんのように使っていることが問題となりました。高齢者医療制度の総額が増大したとき、どのような対応策が講じられるのでしょうか。「尊厳死」が大手を振って歩くようになるのでしょうか。独立型の高齢者医療制度については、この点を良く議論しなければなりません。国会での慎重かつ十分な議論が求められます。

今週の「なんでやねん?!」
健康予防を議論するなら、先ず国会を原則禁煙に

* 厚生労働省が4月1日から施設内禁煙となるようです。遅ればせながらも歓迎です。ところで、国会内は依然として禁煙・分煙が不十分なままです。たばこの煙はアスベストより有害なのに、「禁煙・分煙の徹底されていない国会で、アスベストの有害性を議論するとは、信じられない」とのお叱りもありました。4月から国会関連施設は原則禁煙とし、分煙を徹底するよう関係各方面に働きかけようと思います。

3月12日(日)号

在外被爆者にも援護法の完全適用を

 被爆者援護法の在外被爆者への完全適用を求めて同法の改正案を提出してきましたが、新任の川崎厚労相に直談判。白真勲、犬塚直史(民主)、小池晃(共産)、福島みずほ(社民)も同席しました。川崎大臣は、「できることなら、やりたいですが」と応えましたが、その認識は間違っています。

 なぜならば、援護法は、「国の責任において」被爆者を援護すると規定しています。そして、被爆者は外国に住んでいても被爆者であり、援護法の対象であると裁判所でも示され、国も判決に従っています。したがって、法施行上の技術的な問題はあっても、「できることなら、やりたいですが」という姿勢は許されないのです。

 4月4日に最高裁は弁論を開きます。被爆者援護法の運用を巡るこれまでの下級審の判断に、一定の整理を示すと思われます。民事事件での弁論なので、期待しているような結果が出るかどうかわからないと弁護士は説明されますが、完全適用を求める判断を期待しています。

 それにしても、被害者や当事者が裁判に訴えなければ行政が動かないという事態は、極めて憂慮される事態です。政治は存在しなくてもよいことになるからです。川崎大臣は、国対委員長の経験もあり、行政任せの姿勢が見受けられます。もっとも、9月の総裁選で内閣改造が行われるでしょうから、今国会だけの大臣ということでしょうか。積極的な対応を求めます。

国会事務局の改革と国会の全面禁煙を

 参議院本会議開会の30分前から、民主党新緑風会所属の全議員が出席して、議員総会が開かれます。席上、私は、国会事務局改革を進めるときは、予算定員より大幅に多い管理部門を縮減し、その人員を、予算定員より大幅に少ない調査局、法制局に配置することを求めました。

 職員配置の適正化には、国会議員自らが国会事務局職員の業務の見直しをすることが不可欠だと思います。国会議員の同意がないと、事務局の動きが鈍いからです。

 例えば、議員歳費や公設秘書給与を現金で支給する仕組みが未だに残っていて、衆院議員の約2割、参院議員の10人余りが、毎月、特設の支払い窓口で現金を受け取っているそうです。もちろん、そのために事務局職員も配置されていますので、銀行振り込みにすれば業務量は減ります。業務も更に合理化が図れるはずです。

 4月1日から遅ればせながら厚労省が全館禁煙となるので、「国会も禁煙にすべきだ」と同僚議員に訴えました。

今週の「なんでやねん?!」
国民健康保険証に臓器提供意思欄ができる

* 滋賀県では、県下の全市町村に、国民健康保険証に臓器提供の意思の有無を記載する欄を設けるよう指導している。若干の疑問点があり照会すると、国保課が回答してくる。国保の保険証に関わることだから、国保課だろうけれど、肝心の臓器移植対策室は、体裁や記載事項についての照会は受けていないという。官庁の縦割りシステムは、どうにかならないのだろうか。

3月26日(日)号

中古電器製品販売問題 経産省の変身に異議あり

中古電器製品の販売問題で、経産省は、検査済のPSEマークが付いていなくとも、後日に漏電検査をすることを前提に、「レンタル」の形で販売できることを認めました。法律施行の先送り、というより屁理屈を考え出して(さすが優秀な官僚です)、法案の本質を骨抜きにしました。

坂本龍一さんなど著名人が動き出したことで、総理官邸が政治的判断をしたのだと思います。この一件、小泉政治の本質と、官僚機構の問題点を浮き彫りにしています。

今回の騒動の発端は、平成11年の通常国会に、通産省関係の基準・認証制度の整理合理化法案として一括して提出された、電気用品取締法の改正案に盛り込まれていた事柄です。規制緩和を求めるアメリカや経済団体からの要望に応える形で、安全性に関わる政府のチェックを廃止したり、自主点検に格下げしたりするという内容でした。

審議では、「製品の安全性を保証するのは、一義的には製造者や販売者だが、原子力発電所や火薬など危険性の高いものについてまで、その安全性を確保する政府の責任が免責されるものではない」との指摘がありました。耐震構造偽装事件でも問題となったように、住宅という高額商品で、その毀損が住民や周辺地域に与える影響が大きいようなものは、検査を民間に委ねたとしても、最終的な建設許可は行政が行なうというように、行政の関与が不可欠です。

ただし、電器製品のようなものまで、政府が安全性マークを付与する必要があるかとなると、首を傾げます。PL法があり、市場における有力製造業者の占有率や漏電ブレーカーの普及などを考えると、電器製品に係わる政府認証制度の継続は、官僚の天下り先を確保したり、行政の仕事を減らさないという「お役人」の思惑が見えていたりするからです。これは、小泉さんの規制緩和が、いかに中途半端かという証です。

二つ目の問題は、国会の審議を経て成立した法案であっても、その施行段階で官僚は、自らが思いのままに運用できるという点です。今回も、法案解釈を捻り出して、法案の趣旨を歪めてしまうのです。官僚は、国会の意思に関わらず、何でもできるのでしょうか。そして、それを指示した小泉流の政治、すなわち、機を見るに敏という大衆政治の姿勢です。

三つ目の問題は、官僚機構の脆弱さです。恐らく、経産省の直接の担当者は一人か、せいぜい併任で二人程度ではないかと思うのです。法律を適正に施行すべきなのに、そのチェックが働かない、ダブルチェックなど到底不可能なような人員配置です。担当者は、中古品の存在に気付かなかった、あるいは中古品は規制対象外と思っていたのではないでしょうか。公務員の削減を小泉内閣が掲げていますが、現業や外局、地方局などは民間委託や地方への権限委譲などを行い、政策を作り、その施行を見守っていくという人たちの数は増やさなければ、本当の改革が進まないと思います。このことは、厚生行政の遅れを見ていても痛感することです。

もっとメリハリのついた政治、行政を行なうべきであり、そのためには、一定数の人員が必要ですし、配置も適正に行なうべきです。

国会内の禁煙・分煙を関係者に申し入れました

3月22日、禁煙推進議員連盟総会開催。席上、国会を禁煙にするため、先ずは、(1)参議院の各委員会も、衆院と同様に禁煙とすると取り決めること、(2)集煙器を置いただけで「分煙」といっている場所から、機器を撤去することを、議長、議院運営委員長など、国会内の関係各方面に働きかけることを決定。また、4月1日から全館禁煙となる厚労省だけでなく、全省庁を全館禁煙とするよう厚労省等に求めました。

申し入れをした扇参院議長は、「アメリカの友人の家では、たばこを吸う人は庭に追い出されるのよ。外国によく行く国会議員は、禁煙・分煙の厳しさを知っているでしょうに。国会を禁煙にするのは当たり前。議長公邸の灰皿も撤去しました」。他人に迷惑を掛ける喫煙者は、国会議員失格とのご意見。

同席した参院事務総長が「国会に来られる方の喫煙スペースも必要」「不十分な分煙機器は撤去して、代わりに完全分離型の喫煙室を作ります」と“説明”すれば、「そんなスペースを作るためにお金を使わず、禁煙に協力してもらえば良いじゃない」と即座に諭しておられました。事務総長には、国会を禁煙にして世界や日本社会にアピールするとか、国会経費を削減するといった発想はないのでしょうか。

衆院関係者に申し入れをした小宮山洋子議員によれば、「自分たちで健康増進法やたばこ規制条約を本会議で承認しておいて、その内容に沿って実行するのは当たり前」との返事が返ってきたそうです。河野衆院議長も「参院より衆院の方が進んでいます」と、参院側の遅れをやんわりと指摘されたとか。

国会議員や国会事務局職員は公務員ですから、法律を遵守する(法律を遵守させる)義務を負っています。分煙スペースの設置や効果の判らない分煙装置の購入に貴重な税金を投入したり、“分煙機器”周辺にたばこの煙が拡散されている状態を見逃したりしていることは、公務員の職務怠慢でもあります。

ところで、喫煙の健康被害に関して、日本人を対象とした疫学調査が少ないことに驚いています。日本人の論文も、かなりの部分が欧米での研究の孫引きになっています。今回、禁煙外来(禁煙したいと思っている人たちのための治療)で健康保険が使えるようになります。受診者の協力を得て、喫煙者とその家族を含めた日常生活、住居形態、健康状況などに関するデータの蓄積を行なうよう、厚労省に要請しました。

今週の「なんでやねん?!」
「もったいない!」ことばかり

*(1)北海道で生産過剰を理由に、大量の生乳を廃棄。粉ミルクにして援助物資にすることはできなかったのでしょうか。

*(2)議員宿舎の各部屋に配備された食堂テーブルと椅子を交換するとの通知。「経年劣化で、椅子のビスが落ちる」からと言うけれど、その程度で新品と交換? 私の部屋の食堂セットは、10年弱の使用。だから、交換しません。

4月2日(日)号

何のための騒動だったのでしょうか

 3月31日、「メール問題」での党内調査の報告を受ける両院議員総会が開かれ、席上、前原代表が辞任を表明しました。「党の先頭に立つべき私が、一番足を引っ張っている」と辞任理由を述べました。

 報告書は39ページにもなり、疑惑のメールも添付されています。党内の危機管理能力が欠如していたと分析しています。

 国会では時折、新聞や週刊誌に報道された記事をもとに、「この内容は事実か?」との質問がなされることがあります。大概は、指名された大臣が「事実ではありません」と答えて終わります。

 今回の永田質問は、その域を超えていたわけで、それほど情報に自信があるなら、二の矢が継げるでしょう。しかし、調査報告書を読む限りでは、情報仲介者(西澤孝氏)と情報提供者(不明)からの証言を得られないままに、2日連続で質問しました。ここは、「こんなメールがあります。ウソか本当か確認しています」と、初日の質問で止めておくべきでした。

 ところが前原代表も、永田情報を十分に確認することなく、「明日の党首討論を楽しみにしていてください」「私には確証がある」と発言しました。自らを窮地に追い込んでしまいました。国政調査権でことの真相を明らかにしようとしたのでしょうが、与党が承知するはずがありません。

 30日になって、ようやく党幹部が西澤氏と初めて接触できたのだそうです。そのやり取りも公開されましたが、動機は依然不明です。ここまで我慢して実現に漕ぎ着けた西澤氏の証人喚問が、週明け4日には予定されていたのですから、西澤氏が、どのような動機でメールを永田議員に渡したのか、ぜひ聞きたいところでした。しかし、永田議員の辞職とともに、闇のかなたに消えました。代表は辞任し、永田議員も辞職してまで、西澤喚問をつぶさなければならなかったのかと勘ぐってしまいます。

 1か月半もの間、メール問題に追われ、重要な政治課題への取り組みが不十分になったことは、お詫びのしようもありません。それぞれの委員会で、しっかり政策論争を展開したいと思います。

国会内禁煙化を求めて その後

 国会議事堂や国会議員会館内の運営を管理する議長や議院運営委員会所属議員に、国会施設内の禁煙化を求めて運動をしていますが、禁煙議員連盟の申し入れを受けて、議員会館1階の会議室前に設置されていた「分煙器」が撤去されます。あわせて、会議室・面談室も禁煙となります。その代わりに、外部と遮断された「喫煙室」が新設され、分煙が強化されます。不十分ながらも、一歩前進と受け止めています。

4月9日(日)号

民主党の新代表に小沢一郎氏を選出

 4月7日、民主党両院議員総会において、小沢一郎新代表が誕生しました。私にとっては、平成9年(1997年)12月の新進党解党以来、8年余の歳月を経て、再び、小沢一郎氏を党首とする政党に所属する身となりました。思えば、新代表選出の会場となった都内のホテルの、同じ建物の地下で、新進党の解党が決まりました。その時のことは今も鮮明に記憶しています。小沢氏の代表就任で、まわり回って、振り出しに戻ったというのが正直な感想です。

 投票前から、旧自由党、旧民社党、旧社会党の一部から支持を得ていた小沢氏が代表に選出されることは予測できました。菅氏の処遇が焦点でしたが、こちらも予想通り、代表代行に就任することになりました。国会会期中ですから、人事は異動が困難なので、ほぼ全員が留任との予想通りの展開となりました。先ずは、無用の混乱がなく、良かったと思います。

 ひとつだけ気になることがあります。小沢代表は就任の挨拶で、「いま、著作の改訂版を執筆している。来年の参議院選挙で、その内容を訴えていく」と述べられた点です。民主党の政策は、下からの積み上げ方式です。小沢氏は、どちらかと言うと、ご自身で決定されます。この点では、小泉総理と似かよっています。したがって、基本政策を巡って、9月の代表選以降が小沢民主党の正念場となります。

 平成5年の衆院選初当選以来、政党の集合離散が繰り返されてきました。私は、自分の理念や政策は初当選以来まったく変わっていないのに、所属政党がなくなり困りました。一方、政権与党の一員となりたいがために、自ら離党し、あるいは自民党に復党された議員も多くおりました。でも、新進党解党以降、選挙を重ねるなかで、こうした経緯を知らない議員が増えました。これまでの交錯するさまざまな想いを乗り越えて、今度こそ、一致団結して前進しなければならないと強く感じています。

地域間格差の拡大をどうするのか

 参議院議員宿舎は東京都千代田区にあります。私の住民票は大阪にありますので、直接的に千代田区のお世話になることは少ないのですが、千代田区広報を見て驚きました。

 千代田区の人口は4万6千人強ですが、平成18年度の予算は一般会計が432億円(区民一人当たり93万円強)、国保、老健、介護の特別会計が112億円という規模になっています。子育て支援策として次世代育成手当が、妊娠5ヶ月から高校卒業まで支給されます。未就学児の医療費も無料です。

 都市基盤の整備も終わっていますので、豊かな財政を背景に、何でもできるとは思いますが、他の自治体との格差の大きさに驚きます(ちなみに私の実家のある大阪府八尾市は一人当たり31万円です=平成17年度予算補正後)。豊かな都市部での税収を、地方に配分する機能が求められるのではないでしょうか。

4月30日(日)号

医療費抑制と医療提供体制の整備を巡り論戦

 衆議院厚生労働委員会で、健保法と医療法改正案の審議が進んでいます。マスコミでも連日報道されるように、産科や小児科医が町からいなくなる事態が続出。労働基準法違反状態での医師らの過重労働が、病院での勤務を辞める原因となっています。そこを、民主党議員が追及しています。

 厚労省は、産科や小児科医の偏在が問題だから、医療提供体制を集約して、当面は乗り切るしかないとの考えです。しかし、川崎厚労大臣自身が、「地元でも、二つの病院に小児科があるのを、どちらかに集約しようとしているが、うまくいかない」と嘆く始末。

 さらに大問題だと私が考えているのは、独立型の高齢者医療制度を創設し、その運営を各都道府県単位に全市町村が参加する広域連合で行うとすることです。財源は、高齢者自身の保険料で1割、残りの9割が公費と75歳未満の現役世代からの「後期高齢者支援金」です。この仕組みでは、必ず、高齢者医療費がかかり過ぎると攻撃され、高齢者医療は粗診となります。要するに、長く生きるなと国家がメッセージを発するのです。

 少子化とともに、団塊の世代の「多死」社会を迎えます。医療や年金などの社会保障制度が今後直面する問題は、この団塊の世代をいかにして「看送るか」ということです。しかし、この難しい課題を生み出したのは、団塊の世代の責任ではありません。戦争によって戦後のベビーブームが生じ、その後の産児制限によって、急速に出生数が低下したからです。いずれも、政治が生み出した現象です。だからこそ政治が、現実的な解決策と、将来を見通した医療提供体制のビジョンを示す必要があるのですが、議論はその段階に至っていません。

 私が危惧するもう一つの問題点は、40歳から74歳の国民に健診を義務付け、そのデータによって健康指導対象者を呼び出し、健康指導を行い医療費を抑制するとの考えです。健康は自らが管理するもので、国家が管理するものではありません。「国家国民健康総管理体制」は、国民が政府の管理下に置かれた戦前を思い起こさせます。

 衆院での慎重かつ充分な議論を期待しています。